時代を語る・青木隆吉(3)家に兵隊さんも寄宿

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自宅兼店舗の屋根の上で兄傳之助(左)と=昭和18年ごろ、秋田市上通町(現保戸野通町)
自宅兼店舗の屋根の上で兄傳之助(左)と=昭和18年ごろ、秋田市上通町(現保戸野通町)

 青木家は江戸時代に私財を投じて日吉八幡神社に三重塔を寄進するほどの商人でしたが、何回か火災に遭い、そのたびに財産を失っていったようです。私が育った家の梁(はり)には、俵屋火事で焼け焦げたという木が再利用されていましたね。

 〈俵屋火事は明治19(1886)年4月30日夜、秋田市川反4丁目(現大町4丁目)などから出火。強風のため焼失家屋3500棟余り、死者、負傷者200人以上の大火になった〉

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