ジモトのあそこに行ってみた(10)アウトクロップ・シネマ/秋田市

ジモトだからこそじっくり味わいたい場所に行ってみたレポート「ジモトのあそこに行ってみた」。今回は秋田市中通に2021年11月にできた映画館「アウトクロップ・シネマ」に行ってみました。一見昔ながらの「映画館」。しかしその中身は、今まで見たことのない新しい映像体験が詰まっている場所でした。

映画館がまちにできた! 古くて新しい物語の始まり

左から栗原エミルさん、松本隆慈トラヴィスさん。2人は大学進学を機に秋田に移住・起業した。


たった一本の映画を上映するミニシアター



映画館がまちからなくなるーー。そのことに私たちはいつの頃からか慣れてしまった。だから2021年11月に秋田市中通に新しい映画館ができたというニュースに驚いた人も少なくなかったはずだ。運営するのは映像制作会社「アウトクロップ」。プロモーションやブランディング、教材や会社紹介などの映像を制作している。


映画館があるのはオフィスの1階部分。「アウトクロップ・シネマ」と名づけられたこのミニシアターでは、毎月たった一本の映画だけ上映する。自社で制作し、2021年門真国際映画祭ドキュメンタリー部門最優秀撮影賞受賞作でもある「沼山からの贈りもの」の他に、「人生フルーツ」「アイヌモシリ(リは小文字)」「ブータン 山の教室」など独自の視点でセレクトした作品を上映してきた。

「沼山からの贈りもの」


運営する栗原エミルさんと松本隆慈トラヴィスさんに話を聞いた。

一本の映画を五感で味わう


アウトクロップ・シネマの大きな特徴の一つが、食や音楽などの要素を積極的にかけ合わせた新しい上映スタイルにある。このことを松本さんは「映画館に『場違い』な要素」と呼び、こう問いかける。


「フィルムからデジタル、さらにサブスクリプション(ここでは定額制動画配信サービスのこと。以下、サブスク)へ。映像に触れる機会は飛躍的に増えました。一方で一本の映画と丁寧に向き合ってじっくり見る機会は減っていませんか?」。たしかに近頃ではテレビ画面を見ながら、スマホで過去作品を検索しながら、SNSでも評判をチェックしながら……となにもかも「ながら」になっているときがある。

2022年2月に上映した「ブータン 山の教室」では上映前にウェルカムドリンクとしてブータンなどの山間部で日常的に飲まれているバター茶がふるまわれた。

栗原さんが高校時代にホームステイしていたインド・ラダックでの滞在時の写真も館内に展示していた。映画の世界と現実世界が幾重にも折り重なって、映像体験がいっそう深まる。

ソバ粉を使ったガレットでチーズや卵などの具を巻いたもの。「ソバ粉はブータンをはじめ、チベット、ネパールなどの山岳地帯でよく食べられています」と栗原さんの説明が入る。
味付けは「エゼ」と呼ばれるブータンの調味料。唐辛子や花椒などのスパイスやニンニク等の香味野菜、ナッツなどが入っている。


料理付きの特別上映会では、松尾遼シェフがこの日のために試作を重ねたという特製のブータン料理に舌鼓を打った。「心はもうブータンに飛んでいます」と来場客が口々に言い、場がほぐれるなか、栗原さんの司会で映画の感想を言い合っていく。「そういう見方もあったか」と作品への理解や気づきが深まる豊かなひととき。日本の映画館ではいくら映画に感動しても黙って帰るのが〝普通〟なのに、ここでは上映後に拍手が起こることもめずらしくないという。

上映後にシートのドリンクホルダーに特注のテーブルをセット。料理のサーブも松本さん、栗原さんが行う。

インド・ネパール料理店などでもおなじみの餃子「モモ」にエゼを添えたものとスープ仕立て両方で味わう。映画の余韻とエゼの複雑な味と香りに包まれて、すっかりブータンにいる気分。

シェフの松尾さんも交えて来場客と映画の感想をシェア。


〝作る〟から〝届ける〟まで思いと記憶をつなぐ


この感動的な体験を提供する映画館は、実は作り手の視点からも切実に「なくてはならない場所」だという。松本さんはこう話す。


「映像は作品が完成して終わりじゃないんです。きちんと届けないと意味がない。ミニシアターを作ったのは、自分たちの作品も含めて日の目を見ることの少ない作品を上映する機会を作りたいと思ったからです。一本の映画は〝世界への扉〟。自分が知り得なかった他者の人生の数年分が一つの作品に凝縮されています。そういう一本を作り手である僕らの指標で選んで、秋田の人たちに見てもらいたいんです」。

幕間には昭和50年代には10を数えたという有楽町エリアの映画館街のモノクロ写真が毎回映写される。
「こうした地域の記憶や歴史的な文脈を、小さいながらも引き継げる場にもなれたら」と2人は口をそろえる。

新しい場所が、まちの〝みんなのもの〟になるまで


SNSやサブスクなどで私たちは量的には多くの映像に触れているものの、その多くは受動的な消費になる。一方、アウトクロップ・シネマでは味や匂い、音など五感を刺激されることで映像の世界に入り込んだような気分を味わいながら、さらに観客同士の異なる見方をシェアできる。


能動的だからこそ多角的な映像体験が得られるのが特徴といえる。スタイルこそ昔ながらの映画館でありながら、アウトクロップ・シネマが私たちに提案する映像体験には、これまでにない新しさがあるのだ。

新しいといえばもう一つ。帰り際には予告編で流れたいくつかの映画のうち、来場客が「次に見たい映画」に一票を投じる上映作品アンケートがあるのだ。映画館でこんなに双方向的なやりとりがあるのはめずらしい。まちの人にとってこうして場に参加する体験を通して、「あそこの新しい映画館」が「私たちの映画館」に育っていくはずだ。

予告編で流れた上映作品のうち、来場客が観たい一本に投票できる。仕組みはアナログでも新しい取り組みだ。


「ミニシアターをやるようになってから、地域の人たちとのつながりが増えました」と栗原さんと松本さんは笑顔を見せる。


かつて有楽町に通っていた映画ファンが「また秋田のまちに映画館ができてうれしい」と言葉をかけてくれたり、バレンタインデーには「秋田に来てくれてありがとう」と書かれたチョコレートをくれたり。その反応を「本当にうれしい」と喜ぶ2人は、そうしたまちの声もエネルギーに変えてこれからも秋田に新しい〝世界の扉〟を開いてくれるだろう。


連載「ジモトのあそこに行ってみた」は今号で終了です。ご愛読ありがとうございました。


DATA

OUT CROP[ アウトクロップ ]
秋田県秋田市中通3-3-1 
TEL.080-3710-3184
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