ローカルメディア列島リレー(32)秋山鈴明
全国のローカルメディアの作り手が、ローカルならではのメディアの形や取り組みについて綴るリレーエッセイです。紙もウェブも、看板やアートプロジェクトだって「ローカルメディア」に?! 特色あるローカルメディアの担い手たちのアイデアと奮闘の記録です。
うみと おかを 行き来して
瀬戸内海の祝島というところに住んでいます。旧正月の深夜から、島を囲むように育つひじき漁が解禁され、私たちはヘッドライトをつけて真っ暗な磯に降りていき、手鎌で刈っては、鉄釡で炊き、天日と西風で干します。冬の季節仕事として一カ月ほどこの作業に勤しみます。
ひじきは満潮のときは沈み、干潮のときは海面から顔を出すくらいの深さで育ちます。潮の満ち引きが月の引力によって起きることを思うと、ひじきが毎年のように勝手に育つことに月の存在を感じます。ひじきは、人が抱えきれないくらいの石に根付いて育ちます。こういった石が海岸に集まっていることに、やはりそれ相応の波、そして波を起こす風の存在を感じます。
ひじきや魚たちの背後に壮大な自然があります。壮大な自然の結晶ともいえる、ひじきや魚がたまたま目の前の海にいて、食べることができる。これはとてつもない奇跡だと思います。私たちは、おかにあがった途端、ついつい“ひじき100gいくら” とか“鯛一匹いくら”とか値段をつけてしまいますが、源である月や波や風や海の営みに、本来値段などつけようがありません。
人はこれまでにたくさんのものに値付けをしてきました。生き物、自然、時間、労働、人材、体験……。それでも、祝島のような離島には、本来お金に変えられない豊かな自然や豊かな人間関係がたくさん残っています。「値付けされる裏側にはとても豊かな世界がある」ということを、値付けされてきた領域(おか)と値付けできない領域(うみ)を行ったり来たりする立場の人間として表現し続けたいと思います。
秋山鈴明|漁師
瀬戸内海に浮かぶ山口県上関町の祝島在住。群馬県で生まれ育ち、大学を6年かけて卒業したのち、祝島に移住。在学中は東北の1次産業の現場に足を運ぶ。現在は漁業の傍ら、集落から出る家庭生ゴミの自主回収に取り組み、豚や牛を育てている。