時代を語る・明石康(15)国連・七人の侍を自称

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国連の同僚職員らと(右から2人目)
国連の同僚職員らと(右から2人目)

 国連に入った1957(昭和32)年、日本人職員は私だけでしたが、翌年には7人になりました。私たちは映画監督の黒澤明さんが手がけた作品名に倣い、「七人の侍」を自称し、にぎやかにやっていました。

 この頃、海外に飛び出す日本人が増えていました。私たち職員が時々開いていた食事会には59年のある日、作家の有吉佐和子さんが参加しました。留学で来ていたのです。発想が奇抜で才気にあふれ、親しくなりました。翌60年には、ニューヨークに滞在中の作家・川端康成さんを国連本部に連れて来たこともありましたね。

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