ローカルメディア列島リレー(35)江口宏志(蒸留家・mitosaya薬草園蒸留所)
全国のローカルメディアの旗⼿が、どんなふうに、独⾃の発信の場を作っているのかを綴るコーナーです。紙もウェブも、ラジオもアートプロジェクトも、料理教室だって「ローカルメディア」に? 日々の取り組み、アイデアと奮闘の記録です。
たんぽぽのお酒
アメリカを代表するSF作家のレイ・ブラッドベリが、少年の頃を描いた物語『たんぽぽのお酒』で、12歳の少年ダグラスは一袋集めるごとに10セントのお駄賃にひかれて、広場に咲く無数のたんぽぽを収穫します。たんぽぽを受け取ったおじいさんは、地下室に運び、こう言います。
「地下室の暗闇は、たんぽぽが到着すると明るく燃えるのだ。ぶどう搾り器が、冷たく、口をあけて立っている。花がどっと投げいれられると、それが温まる。」
「明るく燃え」て「それが温まる」ってどんなことだろう。そんな興味から私たちはたんぽぽの花を集めることにしました。地元の廃校になった小学校の校庭に、春になると一面に咲くたんぽぽの花を、かごを手に皆で花をつみます。採ったそばから背後で新しい花が咲いているのではないかと疑うほどに地道で果てしない作業ですが、かごいっぱいの花を花びらとがくに分けると、まさに明るく燃えるような黄色のやわらかなかたまりが現れました。熱湯で成分を抽出したのちに搾り、そこに砂糖と隣のタンクで仕込み途中だったレモンのもろみ、いちごのもろみをそれぞれ加えて様子をうかがいます。
数日後、旺盛な発酵がはじまり、液体から泡が立ち熱を帯びてきました。
これがおじいさんの言っていたことなのか。発酵が落ち着いた頃に、砂糖を少量加えて瓶内発酵を促し瓶詰め。黄と赤に色づいたたんぽぽのお酒が完成しました。たんぽぽらしい苦味やほのかな香り、果物由来の酸が溶けあいます。
「たんぽぽのお酒。この言葉を口にすると舌に夏の味がする。」
ブラッドベリが書いた夏の味。私たちが日々やっていることは例えばこんなことです。

※文中の引用は、『たんぽぽのお酒』(レイ・ブラッドベリ著、北山克彦訳、晶文社)より

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絵:山本祐布子