【東京舞台さんぽ】「目黒のさんま」 甘藷先生・青木昆陽の墓も

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「目黒のさんま祭」で煙を上げてサンマを焼く様子=東京都目黒区
「目黒のさんま祭」で煙を上げてサンマを焼く様子=東京都目黒区

 住みたい街として人気の東京・目黒は、江戸時代はのどかな農村地帯が広がっていた。3代将軍徳川家光や、8代将軍吉宗が、タカ狩りの際に訪れて喉を潤した「爺々が茶屋」があった辺りに「茶屋坂」という名の坂が残っている。ここは、秋によく演じられる古典落語「目黒のさんま」の舞台とされる。(共同通信=近藤誠)

 目黒まで野駆けに出かけたある殿様が、近所の農家から漂ってきたサンマを焼く匂いに気付く。家来から、身分の高い人は食べない「下魚」とたしなめられたものの空腹には勝てず、秋の時分で脂の乗ったサンマのうまさに舌鼓を打つ…。世間知らずな殿様を風刺した滑稽話だ。

 落語にちなみ、茶屋坂に近い田道広場公園で、目黒区の友好都市、宮城県気仙沼市で水揚げされたサンマを炭火焼きにして振る舞う「目黒のさんま祭」が長年、開かれてきた。新型コロナウイルスの影響で中断されていたが、2022年秋に3年ぶりに開催された。

 会場にはサンマをジュウジュウと焼く音や、白い煙と香ばしい匂いが立ちこめる。例年5千匹が振る舞われていたが、不漁などの影響で千匹に減少した。価格も上がって、もはや下魚とは言えなくなってしまった。

 大分県産のカボスも添えられ、抽選で9倍近い倍率を突破してサンマにありついた区民たちは、殿様のせりふにあるように「サンマは目黒に限る」と言わんばかりの満足げな表情だ。

 落語には、野駆けではなく、目黒不動尊(滝泉寺)参りに出かけた殿様がサンマを食すというバージョンも。寺の墓地にはサンマと並ぶ秋の味覚、サツマイモ(甘藷)の栽培を広めた江戸時代の蘭学者、青木昆陽の墓がある。生前自身で書いたとされる墓石には「甘藷先生墓」と愛称が残り、国の史跡となっている。

 【メモ】爺々が茶屋は富士山を望むことができた名所で、歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」に描かれている。

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