【『小さな恋のメロディ』50年後の会見記(5)完】 時空を超えた幸福な空間、反逆の大切さ学んだ友人

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京都市の東寺を訪れたマーク・レスター(左)とトレーシー・ハイド=10月(撮影・多田麻実)
京都市の東寺を訪れたマーク・レスター(左)とトレーシー・ハイド=10月(撮影・多田麻実)

 映画「小さな恋のメロディ」の大ファンでエッセイスト澤田康彦さんが、50年の時を超えて来日した主演俳優2人を京都市で迎えた会見記の第5回。



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 京都の映画館の質疑応答は面白かった。客層は年輩の方が多く、1970年代にこの映画にハマった“同志”だと思われる。

 「音楽演奏中は口パクですが何をしゃべっていた?」「あの金魚売りは実際にいた?」「あの学校は公立?」…。

 若い女性が「この映画は私が小さい時サンタがプレゼントしてくれて、それから15年くらい大好きでいます」と言い、マーク・レスターは大受け、トレーシー・ハイドが「素敵な話」と叫んだ。

 ある青年が「ぼくこの映画を初めて見たんですけど…」と言い出し、会場がどよめいた。そんな人間がここにいるはずはない、という空気がおかしい。2人同時に「どうだった☆(!の右に?)」と聞く。「若い人の感想を知りたいの」。青年が「すごく面白かった」と答えると2人が拍手。「でも母さんに勧められて来たんでしょ」と問うトレーシーに「いえ、いい映画の予感がして大学サボって来ました」。場内大拍手。

 時空を超え、ここだけが浮かんだような幸福な空間だった。丁寧な応答や撮影に応じる姿から、2人は日本をとても愛しているように見えた。今交流サイト(SNS)を検索すればあちこちにこの豊かな“巡りあい”の報告が見られるだろう。

 最新情報だが、横浜「シネマノヴェチェント」支配人によると、同館も製作参加する全編35ミリフィルム撮影の作品に2人が特別出演するという。奇跡は続く。

 ラストにもう一つこぼれ話。イベント後は2人の希望で近くの東寺へ。ここにはたまたま私の高校時代の友人・山田忍良師がいるので私がつなぎ手となる。案内、撮影、質問タイムなど、貴重な時間を過ごす。別れ間際、それまで案内に徹していた“山田君”が口を開いた。「私はずっと品行方正な少年だったのですが、71年にこの映画を見て、大人社会への反逆、その大切さを学んだんです。『小さな恋のメロディ』から私は変わった」。2人は「オー!」と受け、「今も反逆者?」とマーク。「今は少しだけまともかな」と友人は笑って答えたのだった。(おわり。エッセイスト)

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【筆者略歴】さわだ・やすひこ 1957年滋賀県生まれ。上智大卒業後にマガジンハウスに入社し、雑誌「ブルータス」などの編集を担当。「暮しの手帖」編集長も務めた。著書に「ばら色の京都 あま色の東京」「いくつもの空の下で」。

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