【東京舞台さんぽ】「浅草鳥越あずま床」 受け継がれるモデルの店
井上ひさしさん(1934~2010年)の連作小説「浅草鳥越あずま床」は、「国電の浅草橋駅から…」という書き出しで始まる。単行本が出たのは1975年。JRはまだ国鉄だった。(共同通信=松本泰樹)
その浅草橋駅(東京都台東区)から北へ、鳥越神社を目指して行く途中に小さな商店街がある。同じ年に生まれ、同じ小学校を出て大人になった仲の良い商店主たちが小説の主人公だ。笑えて、時々ほろりとさせる逸話は創作だろうが、店のモデルは実在し、受け継がれている。
作中で「あずま床」という名前になっていたのは、理髪店の「理容イソダ」。後に、小説に合わせて「浅草鳥越あずま床」と改称し、現在は3代目の磯田真弘さんが「AZ hair」というサロンを経営している。「『AZ』は『あずま』から取っています」と磯田さん。小説に出てくる銭湯はマンション1階に入り、文具問屋は、同じ場所で家族が商店を営んでいる。
「AZ hair」の北西にある甚内神社は、江戸初期の盗賊「甚内」を祭る。姓は向坂、高坂、向崎などと書かれる。甚内は一度は幕府から強盗の取り締まりを任されながら、江戸市中の治安を乱したとして、この近くで死刑になった。
瘧(おこり=マラリア)を病んでいたが、処刑の際に「瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」と言い、同病者の信仰を集めたとされる。
蔵前橋通りの北側には鳥越神社が見える。境内を一巡りして神聖な空気に触れ、1本北の道を西へ歩いて行くと、レトロな商店街「おかず横丁」のゲートが現れた。かつて鳥越周辺には町工場が多く、一家総出で働く家庭の食卓を支える総菜店が集まった。古い商店建築が残り、昭和の雰囲気も味わえる。
【メモ】JR浅草橋駅の北側は、高架線を支える柱が弓なりに道路上へ張り出す。その柱が幾重にも連なり、幾何学的な風景を成している。