頃は一月。いいな。白馬を見たり、お尻を焚き木でぶたれたり。詩人・最果タヒさんの連載「きょうの枕草子」⑤

連載:ハラカラ 第41号 Jan 2023

清少納言は、最果さんが「百人一首」の歌人の中で、友のように惹かれた人だと言います。「枕草子」現代語訳、第5回は「第二段 抄」。清少納言の「一月」。七日に白馬を見ると邪気を追い払えるというジンクスがあるようです。読んでいると、人々が華やぐシーンが瞼に映ります。

最果タヒ「きょうの枕草子」⑤
清少納言「枕草子」
現代語訳:最果タヒ
絵:矢野恵司


【第二段 抄】

●現代語訳

 お正月。一月一日は特にいいな。空の様子ものんびりとして、すてきに霞がたちこめて、だれもが自分の見た目のことを念入りに見て、きれいにして。帝のことも自分のこともお祝いしているのって、いつもと全く違うし、そこが好き。
 七日。雪の間から見える若菜を摘んで、そのあまりの青さについて、いつもは若菜なんてなかなか見れないような場所の人が騒いで盛り上がっているのとか、そういうところを見かけると嬉しい。
 宮中まで白馬を見に行こうと、官人の家族の人たちはこの日、牛車を美しく飾って出かけます。待賢門(たいけんもん)の敷居を通るとき、その揺れでみんなの頭が一箇所に集まってぶつかってしまうんです。それで刺していた櫛(くし)も落ちるし、気をつけないとそのまま折ってしまうこともあって笑ってしまう。そういう時間もまた良いものでした。建春門(けんしゅんもん)の左衛門府(さえもんふ)詰所のあたりには殿上人(てんじょうびと)がたくさんいて、舎人(とねり)の弓を奪い取って、馬をそれで驚かしたりして笑うんだからね。
 なんとか牛舎の簾(すだれ)の隙間から内裏を見ようとするんです。目隠しが見えるようなところ、そこに殿司や女官がゆきかっているのが見えてどきどきします。「一体どんな人がこの宮中で、堂々と生きることができるっていうの?」なんて思ったりもするけど、そこから見えるのはほんの僅かな宮中だし、舎人の顔のおしろいが取れてしまっているところなんてとても肌が灼けていて、そういうのを見ると、大地に雪が消え残ってむらになっている時みたいだなぁってちょっとがっかりもする。馬が興奮するところなんて見るとあまりに怖くて、牛車の奥につい引っ込んでしまうから、結局宮中をちゃんと見ることはできないのでした。
 八日。昇進した人たちがお礼をして回るために走らせる牛車の音。これがなんだか私には特別な音に聞こえます。
 十五日。節供(せっく)のお粥を出した後、粥を煮るのに使った焚き木を隠し持って、家のお嬢さんや女房がお互いの隙を狙っている(※1)のを「私はぶたれませんからね」と常に後ろを気にして過ごすのってほんとおかしいし、どういうことかそれでもぶたれてしまって、ほんとおかしくてたまらない。それで笑っているところなんてとても晴れ晴れとしているし、逆に「くやしい!」ってなるのもとてもよくわかります。
 最近通ってくるようになった婿君が、姫君の屋敷を出て宮中へ向かうときなんか、それこそわくわくします。見送る姫君は隙だらけですから、「やってやる」と思っている女房が様子を伺い、大変はりきって奥で立っているのを、婿君の前に座っている別の女房が見つけ、全て察して笑います。「静かにね」とその女房は手で合図をして止めるのだけど、姫君ご本人は全然気づかず、ただおっとりと座っていらっしゃいます。
「そこにあるものを持って参りましょうか」
 なんて言いながら近づいて、サッと走りながら姫君のお尻をぶって逃げ切れば、そこにいる人はみんな笑います。婿君だって悪い気はしないようで微笑んでいて、姫君はというと驚いたりはせず、顔をちょっと赤くしているんですよ。なんだか素敵だと思いませんか。
 それと、女性同士で打ち合った後は、男性のことさえ打つみたい。どういうことなの? 泣いちゃったり激怒したり、人を呪い出したり、おどろおどろしいことを言い出す人とかもいるみたいで、そういうのも面白いって私は思います。
 宮中のような高貴なところでも、今日はみんな好き勝手に大騒ぎしています。
 除目(じもく)(※2)のころは、宮中のあたりの様子がとてもすてきです。雪が降り、それが凍りついていく中を、任官申請の文書を持って歩いている四位や五位の人たち。若くて、前向きで、見てて頼もしい。歳をとって頭が白い人が、誰かに取り次いでもらったのか、女房の部屋にやってきて、自分がいかに優れているかを自信満々で説明して聞いてもらっているのとか、若い女房はそのまねをして笑ったりするんだけど本人はそんなの、想像もしていないみたい。
「お上によろしくお伝えください」
「皇后様によろしくお伝えください」
 なんて言って結果が伴えばいいけど、うまくいかなかったときは気の毒でしかありません。


※1 当時、粥を煮るのに使った焚き木で女性の尻を叩くと子宝に恵まれると言われていた。
※2 正月にあった地元官への任命のこと。


●プロフィール

【さいはて・たひ】詩人。最新詩集『不死身のつもりの流れ星』が2月1日発売。最果タヒ展「いつまでもわれわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」が2月2日~2月28日、大阪のHEP HALLにて開催。詩集『グッドモーニング』で中原中也賞、『死んでしまう系のぼくらに』で現代詩花椿賞、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は映画化された。『千年後の百人一首』で百首の現代語訳をし注目され、エッセイ集に『百人一首という感情』。詩集・小説・エッセイほか多数。


【やの・けいじ】イラストレーター。東京芸術大学彫刻科卒業、同大学院美術解剖学研究室修了。任天堂でデザイナーとして勤務後、イラストレーターに。主な仕事に、資生堂プロモーションDM、中村佳穂シングルジャケット、劇団ロロのチラシビジュアル、三井のリハウスの広告イラストなど。

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