四月。賀茂祭のころがとても好き。詩人・最果タヒさんの連載「きょうの枕草子」⑦
清少納言は、最果さんが「百人一首」の歌人の中で、友のように惹かれた人だと言います。「枕草子」現代語訳、第7回は「第二段 後半」。賀茂祭のころの空や人々を観察する澄んだ眼差しを、読んで疑似体験してみてください。
最果タヒ「きょうの枕草子」⑦
清少納言「枕草子」
現代語訳:最果タヒ
絵:矢野恵司

【第二段 後半】
三月。
三日は陽の光がうららかにのどかに照っているのが素敵です。
桃の花は、ちょうど咲き始めたころがきれい。
柳の花なんかは、見頃はもちろんすばらしいのですが、それは繭のように穂がこもって見えるのがいいのであって、広がってしまっているのはむしろ見てられないって思います。
きれいに咲いた桜を、長めに折って、大きな花瓶にいけるのって本当に素晴らしいです。桜の色に見えるよう、白の下に赤や紫を重ねたりして着た直衣(のうし*1)から、袿(うちぎ*2)の裾を出している方が、それがお客さまでもご兄弟の方でも、花瓶のそばに座って話されておられると、ただただ見惚れてしまいます。
四月。
賀茂祭(*3)のころがとても好き。上達部(かんだちめ*4)も殿上人(てんじょうびと*5)も、着ているものの表の色が濃いか淡いかの違いだけで、その下に着ているのはどちらも白ですし、そこが涼しげで素敵です。
木々の木の葉はまだそこまでは繁っていなくて、若々しい青色の葉がひろがり、そして春の霞も秋の霧もないどこまでも良く見える空があり、なんだかわけもなく嬉しくなる。そんな時期のすこしだけ曇ってきた夕方や夜なんて、「空耳かなぁ」と思ってしまいそうなくらい遠くで、忍ぶようにほととぎすが鳴いていて、たどたどしい声が不意に聞こえたりしたら、私はとてつもなくときめいてしまいそうだ。
祭りの日が近くなって、青朽葉(あおくちば)色や二藍(ふたあい)で染めた反物をしっかり巻き、それを紙で軽く包んだだけのものを片手に、あちこちに行ったり来たりするのってとても華やかです。ぼかし染めやむら染めなんかもいつもよりきれいに見えています。
小さな女の子が祭りのために先に頭だけきれいに洗って、それでも服装はまだいつものものです。だから綻びを縫っていた糸も切れ、ばらばらになりかけている子もいるのだけれど、そんな子達が下駄や沓(くつ)を片手に
「鼻緒をすげてよ」
「裏を張ってよ」
と騒いでは「早くお祭りの日にならないかな」とばたばた準備をするってとても愛らしいのです。
お行儀が悪い女の子達も、ついにその日が来て衣装を着てきれいに整えたなら、まるで僧の行列の先頭を歩く小坊主の「定者(じょうしゃ*6)」のような態度で、練り歩くのですよ。どれだけ心配なのかしら、みなちょうどいい塩梅に母親や叔母やお姉さんが後をついて回って世話を焼いていて、その率いて歩いている姿もとてもよいものです。
蔵人(くろうど*7)の役職に就きたいと願いながらもまだすぐには叶いそうにない人が、祭りの日は儀式の流れで蔵人のあの青色を身につけることができるものだから、その姿を見ては「そのまま脱がずに済んだらねぇ」と思ったりもする。でも蔵人のものと違って綾織ではないみたいで、それはとてもかわいそうだ。
*2 袿:貴族の男が直衣の下に着た衣服。女の場合は唐衣の下に着た。
*3 賀茂祭:約1500年前に始まったとされる上賀茂・下鴨両神社の祭礼。現在は5月15日。葵祭ともいう。
*4 上達部:摂政・関白大臣・大納言・中納言・参議、三位以上の位。
*5 殿上人:帝が日常生活を送る清涼殿の執務室、殿上の間に昇ることを許された人。三位以上と四位・五位のうち特に許された人、および六位の蔵人。
*6 定者:法会のとき、行道の行列の先頭に立ち香炉を持って進む者。
*7 蔵人:平安初期に設置された令外官。天皇の秘書的役割を担った。