「それ大丈夫なの、と思うこと。」詩人・最果タヒさんの連載「きょうの枕草子」⑨
清少納言は、最果さんが「百人一首」の歌人の中で、友のように惹かれた人だと言います。「枕草子」現代語訳、第9回は「第六十七、六十八、六十九段」。「それ大丈夫なの、と思うこと。」「くらべてもしょうがないこと。」「こっそり恋人たちが会うその時間は、夏が一番。」
最果タヒ「きょうの枕草子」⑨
清少納言「枕草子」
現代語訳:最果タヒ
絵:矢野恵司

六十七
それ大丈夫なの、と思うこと。
十二年間も山籠りをしていますという修行僧のその母親の気持ち。
知らない家に真っ暗な時間に訪れる時の、その従者たち。目立つわけにはと光も灯さずに、暗闇で、それでもきちんと並んで座っている。
最近田舎からこちらに出てきた、どんな人なのかもよくわからない人に大事なものを持たせたら、お使いに出した後なかなか帰ってこない、とか。
おしゃべりもできない赤ちゃんが、そっくり返って、抱っこもされないまま泣いているとき。
六十八
くらべてもしょうがないこと。
夏、冬。
夜、昼。
雨の日、晴れの日。
人が笑う。人が怒る。
お年寄り。若者。
白。黒。
大好きな人。大嫌いな人。
同じ人のはずなのに、あなたが私のことを愛してくれたときと、それが変わってしまったときとではもはや全く別の人に見える。
火。水。
太ってる人。細い人。
髪が長い人。短い人
寝ぼけたカラス。真夜中ぐらいに騒ぎ出す。枝を踏み外した音。枝を伝いながら寝ぼけたような声で鳴いている。昼に見るのとはまるで別の鳥で面白い。
六十九
こっそり恋人たちが会うその時間は、夏が一番。
あまりにも短い夜を、つい朝まで眠らずに過ごしてしまった。昨日から暑くて開けられるところは全て開けっぱなしにしていたから、涼しくて、庭もよく見えている。まだ、もう少しだけ、私たちには交わしたい言葉があって、お互いに相手の言葉を聞き、話して、をしているうちに、私たちの頭上の屋根のさらに上の方から、カラスが高く鳴き、そして飛び去る音がする。なにもかもカラスには聞こえていたんじゃないかって、そんな気がして笑ってしまう。
そして、冬の夜。
とても寒いから埋もれるみたいに着込んで、布団をかぶって寝たままで鐘の音を聞いている。まるで何かの底の音のように響き、あるはずもないこの世の底が鳴っているようで、素敵だ。鳥の鳴き声も、最初は翼に顔をもぐらせて鳴いているので、なんだか口籠ったような声。深くて遠い、そんな聞こえ方をするが、夜が明けてくるとだんだんとそれが近づいて聞こえてくる。とても好き。