[入選]

大城貞俊さん「一九四五年・チムグリサ沖縄」 実話を基に沖縄戦描く

(2017年11月3日 付)
「沖縄にこだわった作品を書いていきたい」と話す大城さん。背後は米軍普天間基地=沖縄県宜野湾市の嘉数高台公園

 生まれ育った沖縄県で国語教師を務める傍ら詩人、沖縄文学研究者として活躍し、公募文学賞も多く受賞した。2008年の小説「G米軍野戦病院跡辺り」は、沖縄出身の芥川賞作家と共に講談社文芸文庫の現代沖縄文学作品選に収録され、韓国で翻訳された。今回の入選を「北の秋田で沖縄に光が当てられ、うれしい」と喜ぶ。

 入選作「一九四五年・チムグリサ沖縄」は、1945(昭和20)年6月23日に終結した沖縄戦がテーマ。生き残った人や死者の霊が一人称で語る短編6編で構成した。語り部は、樹上で米兵を避ける民兵、沖縄への渡航船が撃沈されて死んだ少年の霊ら。「さまざまな視点で沖縄戦の実相を描きたかった」と語る。「チムグリサ」は沖縄の言葉で、相手の立場になって悲しむという意味だ。

 登場人物の多くは実話を基に造形した。昨夏、沖縄本島北部の大宜味(おおぎみ)村(そん)の戦争体験者に聞き書きした「奪われた物語」(沖縄タイムス社)を出版。故郷でもあるこの村で同書の取材中、創作意欲が湧いた。半年で書き上げ、推敲(すいこう)中に「さきがけ文学賞」を知って「力試しのつもりで」応募。入選に「生の言葉の力をあらためて感じた」と話す。

 旧作を「あまり取材せず書いた」と言うが、現場主義の人だ。40代まで県立高校などで教壇に立ち、県教育庁の指導主事だった50歳の時に「現場に戻りたい」と私立中・高の教諭に転身した。琉球大教授を経て、今も沖縄国際大の非常勤講師として教壇に立つ。

 自身初めての小説で、沖縄のハンセン病患者を描いた「椎(しい)の川」が1992年に「具志川市(現沖縄県うるま市)文学賞」を受賞した。その後、元患者らと交流し証言集の編集に関わった。

 今年は沖縄を出る機会が多い。8月には東京で日本ペンクラブの討論会「戦争と文学・沖縄」に発言者として出席。9月には韓国詩人協会が日中の詩人約40人を韓国・平昌(ピョンチャン)に集めた「韓中日詩人フェスティバル」に招かれた。

 今月表彰式で訪れる本県について「行ったことはないが、不思議な縁はある」と話す。6人きょうだいのうち4人が父と同じ教職に就いた教員一家で、すぐ下の弟浩さん(66)は沖縄県教育長時代に教員交流で来県した。また、8月に99歳で亡くなった大宜味村の従姉(いとこ)は戦中、荷上場村(現能代市二ツ井町)出身の兵士菊池東治郎さん(故人)を山中でかくまったといい、従姉の家族と菊池さんの家族の交流は今も続く。

 沖縄戦の激戦地・宜野湾市嘉数に住む。「沖縄は死者と共生してきた場所。一時は沖縄以外の題材を書こうと思ったが、今は沖縄に向き合うことで人間の普遍性を描けると思う」。今後も沖縄にこだわった作品を書き続けるつもりだ。