[入選]

北原岳さん「ヒカリ指す」 人のつながり、温かく

(2020年11月3日 付)
受賞の報を喜ぶ北原さん=愛知淑徳大学長久手キャンパス

 大学のゼミで創作を学び、小説を書く周囲から刺激を受けた。教員への道を進み始めてからも、創作への意欲は失わなかった。「教育に携わる人間の視点から、人と人のつながりをテーマにした温かみのある作品を書きたいと思っていた」と話す。

 主人公の少年タケルは東日本大震災で被災して生まれ育った福島を離れ、転校先でいじめを受ける。転機となるのが、故郷を離れ女性として暮らす叔父ヒカリとの交流だ。

 震災について考えるきっかけになったのが、昨年3月11日の出来事。当時は中国の大学で日本語や日本文化を教えており、夜になって東日本大震災が起きた日だったことに気づいた。中国では関連の報道はなかったが「ニュースがなくても震災のことを思うべきだった」。反省とともに、被災した市井の人たちに目を向けたいという思いが生まれた。

 ヒカリの直接的なモデルはいないが、人物造形には、友人や、学生時代に新宿2丁目で出会った人々の存在、意識して触れてきた小説や映画、所属する愛知淑徳大学の「ジェンダー・女性学研究所」(愛知県長久手市)で学んだ知見などが基礎になった。

 物語の軸に据えたのは「逃げること」だ。「それまでの幸せな暮らしが、自分ではどうしようもないものの力で壊される。そんな時に、現実から逃げ続ける弱さでも、無意味なあつれきを生む戦いでもなく、『敵』と向き合える強さを探すための『逃げ』を背骨にしたいと考えた」と強調する。

 タケルがヒカリとの出会いをきっかけに新たな道を模索し始める一方、自分の性と葛藤してきたヒカリも前に進もうとする。「広い世間は何も変わっていないかもしれないが、これから始まる戦いのために、2人が強くなってくれたらいいと思った。タケルを後押しすることで、ヒカリも一歩前に進めるような関係性を描きたかった」

 タケルは、ヒカリとヒカリの同居人タカヤと暮らす中、「家族」についても考える。「これからも、さまざまな家族の在り方をテーマにしたい。温かみのある作品を書いていきたい」と、力を込めた。