[入選]

荒川眞人「賽銭泥棒」 宿場町舞台の人情話

(2020年11月3日 付)
「誰もが楽しめる娯楽作品を作り続けたい」と語る荒川さん=三重県四日市市の自宅

 応募は3年連続3度目、初めて挑んだ時代物で最高賞を手にした。これまでは自分の経験に基づいた私小説のような枠を抜け切れなかったという。「今回は全くのフィクション。苦労はあったが、創作とはこういうことかと、ようやく手応えをつかめた」と喜ぶ。

 作品の舞台は江戸末期、東海道の宿場町・四日市宿。生来の善人でありながら賽銭泥棒に身を落とす弥平治と、母親から日常的にせっかんを受ける少女おとしを軸に展開する人情話だ。

 藤沢周平さんや宮部みゆきさんのファンで、幅広い層が楽しめる作品をイメージした。地元に残る文献や資料を参考に想像を膨らませ、自分なりの世界観をつくり上げた。「専門家ではないので時代考証や場面描写、言葉遣いなど厳密でない部分もあると思う。ただそこに固執するのではなく、どうしたら物語が面白くなるかという点に時間を割いた」と語る。

 弥平治の出自やおとしの母親を巡る人間関係が次第に明らかになり、弥平治に迫る岡っ引き源五郎らの存在も物語に深みを与えていく。緻密に計算し練り上げた展開のようにみえるが、約1年前に冒頭の場面を書いて以降、半年ほど筆が進まなかったという。「いったん執筆から離れ、普段の生活を送るうち、ふと全編のストーリーが浮かんだ」

 こだわったのは終盤。災難に見舞われたおとしを、弥平治が救出に向かう場面だ。「これまでの作品で足りなかったのはクライマックス。しっかり盛り上げるため、自らの感情も高ぶらせながら一気に書いた」

 元三重県職員。教育や建設部門を歩み、仕事の傍ら、趣味で創作を続けた。退職後、講座に通い、執筆活動を本格化。一貫して人々の再生をテーマに据える。「何事も順風満帆といかないのが人生。過去に失敗や傷を負った人々が、さまざまな出会いや出来事を通じて自分を取り戻す。そうした姿に共感する。最後は分かりやすいハッピーエンドというのが理想」と話す。

 執筆のため、1日2~3時間はパソコンの前に座る。同僚らのように再就職する選択肢もあったが、小説を書き、形に残したいという夢を捨て切れなかった。受賞の報に「これで少しは格好がついたかな」と笑った。