賽銭泥棒(2)

(2020年11月16日 付)
作・荒川眞人(あらかわ・まひと)
1955年名古屋市生まれ。2008年住友生命情報誌ショートコンクール優秀賞、16年四日市文芸賞エッセイ部門奨励賞、17年同小説部門奨励賞。三重県四日市市住。
絵・斎藤昇(さいとう・のぼる)
1946年秋田市生まれ。岩手大特設美術専攻科修了。87年度県芸術選奨。90年自由美術展平和賞。95年安井賞展出品。自由美術協会会員。秋田市住。

 おみよは和服の衿を少しずらすと、火照った身体に東海道の夕風を誘い込んだ。旅籠の並びにある、一軒の待合茶屋から抜け出してきたのはつい先ほどのことだった。

 亭主は、肺の病で一年間の闘病生活の末、四十半ばで三か月前にこの世を去った。亭主とおみよの歳の差は、二十近くもあり、夫婦の間には四つになる、おとしという娘がいた。

 周囲の者は、おみよのことを、亭主が逝った後、小さな娘を抱え、茶問屋である水澤屋の女将となって店を切り盛りしなければならないから大変だろうと心配した。

 だが、おみよは世間でいうほど亭主の死を悲しんではいなかった。

 むしろ亭主がいなくなってせいせいしたと感じていた。歳の差が離れていたこともあり、祝言を挙げたその日から、肌が合わないと感じていた。水澤屋のほうも、古くからいる番頭に任せておけばいいと割り切っていた。

 おみよの心は亭主が死ぬ前から若い男に行っていた。

 病床の亭主に代わって、仕事の寄合などはおみよが出ていたので、そこで男と知り合った。三十代の塩問屋の息子である英輔であった。細面で色白で、歌舞伎役者を思わせるような風貌の英輔におみよは夢中になった。すでに半年間続いている。

 先ほどまで、おみよは英輔の裸の胸の温もりに浸っていた。その酔いは水澤屋への道すがら、いまだ残っていた。

 だが、望むと望まざるにかかわらず、すでに南町の店の前まで歩き着いていた。

「帰ったよ」と引き戸を開けると、

「おかえりなさいませ」と番頭の与吉がおみよを迎えた。

 店には番頭と、あと一人若い使用人がいる。

「無事終わりましたか?」与吉が尋ねてくる。

 おみよはこの日、取引先に挨拶回りに行くという口実で、昼過ぎからこの夕刻まで店を空けていたのだ。

「ええ、だいじょうぶでしたよ。お店のほうはどうだった?」

 番頭の与吉が、おみよの留守中の客の入りを簡単に説明する。

 与吉は長年この水澤屋に勤め、すでに五十を過ぎている。

 商売人らしい柔和な風貌をしていて、性格も穏やかだ。亭主が生きていたころから、与吉がほとんどの仕事を仕切っていた。水澤屋には、近くにある町人用の借家から通っていた。もう一人若い使用人もいたが、そちらも通いであった。

「そう、ありがとう」

 おみよは与吉に礼を言って、帳場がある座敷に上がる。

「おとしはいるの?」

 売り場にいる与吉のほうへ振り返って、おとしのことを聞いた。

 すると与吉は、商売とは違ってこちらのほうは言葉を濁した。

「それが昼間遊びに出て行ったきり、まだ帰って来ないのです」

「そう……」

 与吉に背を向けると、おみよの顔はきついものに変わった。

 日が暮れ、店じまいをすると、与吉ともう一人の使用人はおのおのの借家へと帰って行った。水澤屋にはおみよだけになった。

 おみよは、夕餉の支度が並ぶ卓袱台に片肘をついて、おとしの帰りが遅いのに苛ついていた。

「子どもだからといって、許さないわ」

 怒りで震える声でひとり言を言った時だった。戸を叩く音がした。

 おみよは勢いよく立ち上がり、開き戸を乱暴に開けた。

 すると、すでに闇が立ち込めた表通りに、紺の絣を着た見知らぬ男が立っていた。歳の頃は三十前後であろう。整った目鼻立ちをしているが、頬がこけている。背の高いぶん少し猫背ぎみであった。

「こんばんは。こちら水澤屋さんですね?」

 その男は頭を下げ、丁寧な物言いをした。男は弥平治であった。

「ええ、そうですが……。どちらさまでしょうか?」

 おみよは、不信感をあらわにして、眉根を寄せる。

「いや……、名乗るほどのものではございません」

 そう言うと背中に隠れている、おとしの手を引いて、おみよの前に立たせた。「ほら。おめえの家だろ」

「まぁ、おとし!」おみよは驚きで大声を出す。

 おとしは弥平治の前に立たされると、下を向いたまま、後ずさりした。小さな背中が弥平治の膝にくっついた。

挿し絵

 かん高い、おみよの怒りの声が飛んだ。

「もう、暮六つ半(午後七時)になろうというのよ。子どもが出歩く時間じゃないわ。いったいどこをほっつき歩いていたの!」

 弥平治はあたふたしながらも、おみよの怒りを少しでも収めて、母娘の仲を取り持とうとした。

「まあまあ、そんなに怒らないでください。おいらがもっと早く気づいて、娘さんに帰るように言ったらよかったんだ」

 おみよはそんな弥平治の制止など気にも留めずに、

「さぁ、おとし。早く入るんだよ」

 力任せにおとしの手を引っ張ると、店の奥へと押し込んだ。弥平治は、おみよの娘への乱暴な態度を見ながらも、なんとか表情に出すまいとする。

「いえね。諏訪神社で、一人でぽつんと遊んでいたので、暗くなってきたし、早く家に帰らないと、おっかぁが心配するよと言って、無理に連れてきたんですよ」

「まあ、ほんとに迷惑をかけましたねぇ。うちの娘ったら、遊びに出るとそれっきりになるたちでしてね。ちょっと待っておくれ」

 おみよは素早い動きで、座敷の卓袱台にあった天ぷらを紙に包むと、それを弥平治に差し出す。

「これ、ほんのお礼だよ。夕餉に食べようと思って屋台で買ってきたもんだよ。どうせ余るんだ。これだけ持って行ってくださいな」

 弥平治は、最初はそんなことをしてもらっては、と拒んでいたが、おみよが強く勧めるので、最後には、「ありがたく頂戴いたします」と、深々と頭を下げて、その天ぷらを受け取った。

 おとしは座敷の行燈のそばで縮こまりながら、戸口での弥平治とおみよのやりとりを見ていた。

 おとしは弥平治に帰らないでいてほしいと願った。しかし幼い子どものそんな願いなど虚しく、弥平治は戸口で頭を下げて、最後の挨拶をしている。後ろ姿のおみよのほうも、それに合わせて同じように挨拶をしている。弥平治の姿が戸口から消えた。

 おみよだけが家の中に入ると、乱暴に戸を閉めた。

 おとしは座敷の隅で小さな身体を震わせた。

 おみよは上がり框から上ると、帳場の机の奥に手を伸ばした。これから何が起こるのかが分かっていた。もう誰に助けを求めることはできなかった。

 おみよの手には、弥平治が諏訪神社で懐に隠したものと同じものが握られていた。握り拳からは、かまきりの鋭い前足のように竹の枝が突き出ていた。

 

 

 あくる日の昼過ぎ、弥平治は東海道に立っていた。通行人が多い時は、隅に身をかわしながら、箒(ほうき)と箕(み)を持ってごみを掃き集めていた。

 弥平治が東海道に立った当初、道沿いの店の者たちは、見ず知らずの若い男が道を清掃しているので、番所から清掃を仰せつかったのかと勘違いしていた。ところが、自発的に清掃していると知るや、歓迎してあっちでもこっちでも休憩していくように声を掛けるようになった。

 この日も、八つ半(午後三時)近くになると、一軒の茶屋から声が掛かった。

「いつもすまないね。どうだい。休憩していかないかい」

 弥平治は箒を持つ手を止めると、

「すまないねぇ、おらぁ、ただ好きでやっているのに」

 と初老に差し掛かった茶屋の主人に笑顔で答える。

「お前さんが来てくれてから通りがきれいになって助かるよ。東海道をゆく旅の者も店先が汚けりゃ、逃げちまうよ」

 そんな主人の言葉に甘えて、弥平治は店先の長椅子に座った。早速、お茶と、小豆餡(あずきあん)を細長く包んだもちを差し出された。

「ありがとうよ。ちょうど腹が減っていたところなんだよ」

 弥平治もこの頃では遠慮しないことにした。

「お前さんは四日市宿に来てから、どれぐらいになるかねぇ? 前まではここらあたりでは見掛けなかったようだが」

 もちを頬張りながら弥平治は答えた。

「ええっと……、三月になるかなぁ」

「そうかい。掃き掃除を始めてもらって三月になるかい。それで、あんたいつもどちらから来るんだね?」

「浜のほうにある裏店(うらだな)に住んでいるんだよ。大家さんが親切だから、おれみたいな流れ者でも住まわせてくれる」

 弥平治は人に聞かれた時は、いつもこうして場所をぼやかして浜のほうだけと答えた。

「四日市宿はいいところだよ。ゆっくり腰を落ち着けたらどうだい?」主人はぽんと弥平治の肩を叩いた。

「それもいいねぇ……」

 弥平治はぼんやり空を見上げながらつぶやいた。

 もっこりと綿みたいに膨らんだ幾つもの雲が列をなして泳いでいく。穏やかな日だった。この宿場町に長くいられたらいい。

「……。まあ、ゆっくりしてっておくれ」

 主人はそう言うと、店の奥へ入っていった。