賽銭泥棒(5)

(2020年11月19日 付)
作・荒川眞人(あらかわ・まひと)
1955年名古屋市生まれ。2008年住友生命情報誌ショートコンクール優秀賞、16年四日市文芸賞エッセイ部門奨励賞、17年同小説部門奨励賞。三重県四日市市住。
絵・斎藤昇(さいとう・のぼる)
1946年秋田市生まれ。岩手大特設美術専攻科修了。87年度県芸術選奨。90年自由美術展平和賞。95年安井賞展出品。自由美術協会会員。秋田市住。

「気ぃつかってもらってありがとうよ。まあ、そんなこんなで、あちらこちら聞き込みってところさ。あんたのこの店の前でも、怪しげな男か女でも歩いていなかったかい。特に二日前の夕方から夜にかけてな」

 二日前というと、諏訪神社の賽銭箱の中からもちが見つかる前日である。

 ここまで何軒もの商店に聞き回ってきたのか、尋ねる源五郎も気が入っていない。

「二日前の夕方から夜にかけてかい?」おみよは首をかしげる。

 二日前の夜といえば、おとしが見慣れぬ背の高い男に戸口まで送ってもらって、お返しにその男に天ぷらを渡した日だ。その男を怪しいと、言えないこともないが、店の前の通りは東海道に近く、さまざまな人たちが往来する。さすがに男のことを、ここで怪しいと言ってしまうことに気が引けた。

「そうだねぇ。気がつかなかったけど」

 おみよの返事をもらうと、源五郎は、また何か気がついたら知らせてくれと言って、店から出て行った。

 源五郎が帰ると、おみよは源五郎の頼み事の賽銭泥棒のことなどすっかり忘れた。

 苛立ちながら、考えることは、おとしのことだった。もうひとついうのなら、ここに来て、二度までも、おとしを送り届けにきた男にもむかついていた。その男とは弥平治のことであるが……。

 

 

 弥平治はこの日ついていた。

 昼中、とある寺の前を通りかかると、葬儀があるようで、ちょうど坊主が寺から出て行くところであった。これ幸いと、手薄になった寺から賽銭を頂いてきた。

 寺は神社ほど人出がなく、賽銭も少ない。さほどの儲けにはならないが、一日二日の食い扶持(ぶち)にはなった。

 物事がうまく運ぶと気持ちに余裕ができる。行きつくところは、おとしのことだった。

 七日前に諏訪神社で出会ってからというもの、無力で恵まれない、おとしのことばかりを考えていた。夕刻になると、弥平治の足は自然と諏訪神社に向かうのである。

 弥平治は薄墨色になった諏訪神社の境内を進んでいった。この数日の間は、幸い、おとしは神社にいなかった。きっと家にいられる状態であったのだろう。この日はどうだろう?

「ああっ……」弥平治は嘆き声を洩らした。

 本殿の脇にある杉の大木の根元に、うずくまるようにして、おとしはいた。以前のおとしと何も変わっていなかった。

 おとしは杉の根元でうずくまって、小さな手だけを動かして石砂利を集めていた。母親から逃れ、人のいない場所で、こうして隠れるようにして時間をやり過ごす。それがおとしの唯一の安息の時間なのだ。

 傍らまで近づいていった。袖から出た腕には出来たばかりのみみず腫れが走っていた。

「おじょう……」

 弥平治はおとしを呼んだ。

 おとしは石砂利を集める手を止めると、しゃがんだまま弥平治を見上げた。目に少しばかりの笑みをたたえた。「おいちゃん」

 おとしに呼ばれて、弥平治はしゃがみ込むと、おかっぱ頭の上に手を置いた。「おじょう」

 弥平治に声をかけられたことで、おとしの顔が急にゆがんできた。

 救いを見つけたように、それまで堪えていた悲しみを一気に吐き出した。この前と同じだった。おとしは弥平治の腕にしがみつくと大声で泣き出した。

 手を引いて、おとしと一緒に神社を出た。

すれ違う通行人の目が気になった。人攫(ひとさら)いだと思われているのではないのか。

 おとしの家である水澤屋からは反対方向へと歩いた。

「嫌なら、今日は家へ帰らなくていいさ」おとしにはそう言った。

 弥平治は、おとしの足に合わせて歩きながら、自分の生い立ちと、おとしのものとを比べ合わせてみた。

 自分はどれほど恵まれて育ったのかと――。

 裕福で円満な家庭に生まれ、親から理不尽なせっかんを受けることなどなかった。それどころか、小さなころから、高価な着物や遊び道具を買い与えてもらい、おとしの年頃からは、自分のやりたい習い事もさせてもらっていた。

 それでいて、ある日突然家にいるのが嫌だと、親元を飛び出してしまった。どれだけ横着なことか。

挿し絵

 と、その時、以前にもあった妙な気配を感じた。おとしのことで頭をいっぱいにしていたから気づくのが遅かったぐらいだ。誰かに見られているという気配である。

 弥平治は足を止めて、あたりを見回した。店が軒を連ねて、提灯にところどころ明かりが灯る。その薄明かりに足元を照らされて、人が行き交う。

 手をつなぐおとしが、立ち止まった弥平治の顔を見上げた。

 誰もかれもが知らぬ顔をして、傍らをすれ違っていく。怪しいものを見分けられなかった。

 弥平治はおとしの手を引いて歩き出した。

 浜のほうへと行くと、廻船問屋や漁師たちの納屋が軒を並べる通りになる。その先には四日市湊がある。

湊の手前で折れ、人のほとんど通らない路地に入ると、その奥に弥平治の裏店があった。四畳半の座敷に、狭い土間と竈(かまど)がついただけの貧相なものだった。

 狭い畳敷きの部屋で、弥平治とおとしは膝を突き合わすように座った。おとしは美味そうに大福もちを食べる。こうして、おとしが気を楽にしているのを見ることは、弥平治にとっても幸せなことだった。

 その一方で、おとしをいつまでここにいさせてよいものかを悩んだ。何といっても、おとしは水澤屋の女将の子どもだった。

 こうして悩んで、おとしを連れ歩いているうちにも時間ばかりがたっていく。

 考えに整理がつかないまま、おとしには笑顔を向けて、そのおかっぱ頭を手で撫ぜた。

「おじょう。大福もち、美味いか?」

 おとしは口の周りをべたべたにしながら、首を縦に振る。

「もうひとつ食べるか?」

 大福もちは賽銭泥棒のときの必需品であったので、普段からいくらか買いためてあった。

「うん。もっと」

 よっぽど腹が空いていたのだろう。大きくうなずいた。

 おとしの笑顔が哀しく愛おしい。おとしと二人のこの貧乏長屋にも夜の帳が下りる。

 

 おみよは水澤屋に一人だけになった。

 帳場机の前に座り、昼間に会った英輔のことを考えていた。英輔とは、このところ三日に空けずに会っていた。

 番頭の与吉たちには、商いの話があると嘘をついて、一刻(いっとき)ほど前まで、待合茶屋で英輔と枕を交わしていた。

 姿見の前でおみよは化粧を直していた。ほつれ髪を指ですきながら、布団に寝そべる鏡の中の英輔をうかがった。ほどけた着物から出る男の胸は薄く白い。横向きになって片肘で頭を支え、ぼんやりとおみよが紅を塗る姿を見ている。

「ねぇ、この前の話だけど……」

 おみよが切り出すと、英輔の間延びした声が返ってきた。

「なんだい。この前の話ってのは?」

 鏡の中の英輔があくびをしている。

「一緒になるって話よ」

「ああ……、あのことか……、いまは何とも言えねぇな」

 変わらない返事に落胆したが、ここで話を切り上げるわけにはいかない。

「急には無理だっていうのは、分かっているわ。でも、あんた、あたしに子どもがいなけりゃ、一緒になってもいいって言ったわ」

「ああ、言ったなぁ……。そうだよな。おれも、知らない子どもと、一緒に暮らせと言われても困るしなぁ」

 姿見の中の、英輔は布団の上でくるりと背中を向ける。話を打ち切りたいときにはそうする。さらにこうも言った。

「まだ、おみよの亭主が死んで、三月いや四月ほどたったばかりじゃないか……」

 英輔に亭主のことを持ち出されて、この話に触れるのはやめにした。おみよは姿見に映った、ふてくされて眉が吊り上がった、自分の顔と向かい合う。

 おとしさえいなければと思った。

 英輔と所帯を持ちたいといっても、結局行き着くところは娘のおとしのことだった。

 四歳といえば通常なら可愛い盛りだ。番頭の与吉も、もう一人いる使用人も、おとしのことを可愛がっている。

 だが、おみよはそうはいかない。おとしのことを金輪際可愛いなどと思わない。おとしの顔を見るたびに、この子は死んだ亭主がどこかの岡場所の女につくらせた子どもなんだと思った。

 気づくと、帳場机においたおみよの手がぶるぶる震えていた。

 おとしさえいなければ。