言葉を実体に近づけよう
美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない(小林秀雄)。この名言は、俳句を作る上でのヒントになります。「美しさ」は感覚です。印象です。その実体は何かといえば「花」そのもの。感覚や印象を俳句に詠むのは当然ですが、もう一歩踏み込んで言葉を「実体」に近づけてゆく。そこが肝腎です。
高浜虚子に「待たれたる葭簀の雨を見上げけり」という句があります。夏の日、一雨欲しいと思っていたら、葭簀(よしず)=窓などに立てかける日除け=に雨の音。思わず空を見上げたのです。
この句は当初「うれしさの葭簀の雨を見上げけり」でしたが、推敲(すいこう)して「うれしさの」を「待たれたる」に変えました。「うれしさの」の実体が何かといえば、待ち望んでいた雨が降って来たときの気持ちです。そこで「うれしさ」より、もう一歩実体に近い言い方を探した結果「待たれたる」という表現が得られたのです。今回はまず、この虚子の句に似た作例の添削を試みます。
実体を強調する
辞書たどる指の細さよ春の夕
加藤菜々さん(由利本荘市、会社員23歳)の作。辞書の文字を指でたどるように読んでいる。春の日がしだいに暮れてきた。そんなときに指の「細さ」を感じたのです。ここで「指」という実体を強調する添削を試みます。まず思いつくのは
辞書たどる指細くして春の夕
「春の夕」の柔らかい感じに合うと思います。辞書をたどっている状態を強調するなら
辞書たどりつつ細き指春の夕
「指」そのものを強調するならば
辞書たどるその指細し春の夕
「その」は、目の前にある「その指」という意味です。作者もきっと、いろいろな言い方を試みたことと思います。
視点を変えて詠む
夕蛙(ゆうかわず)魑魅魍魎の本捲る
京野晴妃さん(秋田市、専門学校1年)の作。蛙が鳴く夕ぐれ、開いてあった本の頁がひとりでに捲(めく)れた。作者はそれを「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」のしわざと見た。逢魔(おうま)が時ともいう日暮れ時の気分を捉えた句です。この句、魑魅魍魎のことが書いてある本(たとえば『日本妖怪図鑑』)を作者が捲っているとも解釈できますが、魑魅魍魎が本を捲っていると解釈したほうが面白い。そこで、
夕蛙魑魅魍魎が本捲る
としてはどうでしょうか。「が」は音がよくないので出来れば避けたいのですが、「何が」という主語をはっきり言いたいときは「が」を使ってよいのです。山口誓子に「掃苔や餓鬼が手かけて吸へる桶」という句があります。墓参のとき桶の水が漏れて減ってしまった。きっと目に見えない餓鬼(がき)が桶に手をかけて中の水を吸っているのだろうというのです。水を吸う行為の主語をはっきり示すため「餓鬼が」としたのです。
文字の無駄を省く
初雪やインターホンの鳴るやうに
米屋結衣さん(県立大1年)の作。初雪の捉え方が新鮮です。俳句では、文字の無駄を省く、といいます。「風が吹く」と言わなくても「風」だけで意味が通じるというような場合がよくあります。この句もパッと見たとき、インターホンは鳴るものだから「鳴る」は無駄かな、とも思いました。たとえば「初雪が或日インターホンのやうに」という案も考えました。しかし初雪は突然ピンポーンと鳴るように到来する。そう思えばやはり「鳴る」は必要です。よって、この句は添削不要です。
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