季語の情感を楽しむ
〈トランプを切る指先がもう女〉(秋田市の山田澪子さん作)は、昨年の県川柳大会の秋田魁新報社賞の作。少女の指先に大人の女らしさを見出したところに川柳らしい着眼を感じます。同じ場面を俳句に詠んだら、たとえば〈トランプを切る指先も夜長かな〉や〈トランプを切る指先や秋の風〉のように、季節の情感を詠みこみます。
川柳も俳句も俳諧という江戸時代の庶民文芸から発達した詩形です。俳句のルーツは季語を伴う発句(ほっく)です。川柳のルーツは季語の有無を問わない(より自由度の高い)付句(つけく)です。そのような歴史的経緯から、俳句では約束事として季語を詠みこむことになっています(ただし、例外的にすぐれた「無季」の作品も存在します)。
季語を使うためには文字数のやりくりが必要ですし、そもそも季語が何かを知っていなければならない。季語があるので俳句は敷居が高いと思っている方も少なくないと思います。そこで今回は、季語の入っていない作品に季語を入れる添削を試みます。
省略した言葉を別の言葉で言い換える
観覧車子供の頃は空近く
京野純さん(秋田北高2年)の作。観覧車を見ると、子供の頃に遊園地で遊んだことを思い出す。記憶の中の空は何となく近かったような気がする。季節を特定しなくても、無季俳句あるいは川柳としても十分に魅力的な作品です。
ここでは俳句の約束事にしたがって季語を入れてみましょう。「天高し」という秋空や、寒々とした冬空、ギラギラとした夏空は「空近く」と合わない。空が近いという感じは、多分、春でしょう。
手っ取り早く「春」を入れると〈観覧車子供の頃の春の空〉となりますが、「近く」が消えてしまいます。「近く」を残すなら〈観覧車子供に春の空近く〉となりますが、この案では、子供だった頃の思い出という意味が消えてしまいます。〈思ひ出の春空近し観覧車〉(新仮名なら「思い出」)とすれば形は整いますが、何となく物足りません。そこで
観覧車に子供の我や春の空
としてはどうでしょうか。「近く」は消えますが、回想の中で子供だった自分が観覧車に乗って空に近づいてゆくのです。「観覧車に」は六音ですが、字余りは気になりません。
さまざまな構成を考える
居間に椅子陣取っていた祖父の墓
大谷詩穂さん(能代松陽高2年)の作。墓参り(初秋)の句です。「陣取っていた」という生前の姿が想像され、軽いユーモアも感じられます。足腰の弱った祖父は自分専用の椅子を、畳の間に持ち込んでいたのかもしれません。
墓参りを季語に使うときは、歳時記にある「墓洗ふ」「墓掃除」「墓参」などを用います。「居間に椅子を置いて陣取っていた祖父の墓に参った」という内容ですが、「陣取って」は消せそうです。居間と椅子と祖父を残し、下五にたとえば「墓洗ふ」を入れれば句になります。
居間に椅子を置きける祖父の墓洗ふ
あるいは
居間の椅子にありける祖父の墓洗ふ
(「ける」は過去・回想を表す助動詞「けり」の連体形)とすれば形は整います。
居間の椅子にありける祖父や墓洗ふ
と、中七を「や」で切ってもよいと思います。ここで発想を変えてみましょう。ありし日の祖父が座っていた椅子が今も居間にあるとすれば
今も居間に祖父の椅子あり墓洗ふ
も考えられます。
季語を含めた一句の構成をいろいろ考えるのも案外楽しいと思います。
さあ、あなたも投稿してみよう!
- (1)「切字」を上手に使おう2020年4月6日
- (2)響きと余韻を楽しむ2020年4月20日
- (3)言葉を実体に近づける2020年5月4日
- (4)文語を使ってみよう2020年5月18日
- (5)詩情を突き詰めれば2020年6月1日
- (6)一字の違いで大違い2020年6月22日
- (7)使う「かな」、削る「かな」2020年7月6日
- (8)後ろの五音でキメる2020年7月20日
- (9)語順を変えてみれば2020年8月3日
- (10)「引き算」でスッキリ2020年8月24日
- (11)比喩で情景を伝える2020年9月7日
- (12)季語の情感を楽しむ2020年9月21日
- (13)「季重なり」を考える2020年10月5日
- (14)人称が印象を変える2020年10月26日
- (15)関係を物語る二人称2020年11月2日
- (16)一人称を使い分ける2020年11月16日
- (17)主人公は誰でしょう2020年12月7日
- (18)ゆく年くる年を詠む2020年12月21日
- (19)新春特別編 新年の表情さまざま2021年1月11日
- (20)人物描写のいろいろ2021年1月18日
- (21)「全集中」で情景描写2021年2月1日
- (22)二つの事柄でつくる2021年2月22日
- (23)「時刻」で詩情を誘う2021年3月1日
- (24)めりはりを生む「は」2021年3月22日
- (25)春の特別編 人生の悲喜を味わう2021年4月5日
- (26)月ごとの気分を詠む2021年4月19日
- (27)四季折々の「雨」を詠む2021年5月3日
- (28)「母」の表情さまざま2021年5月17日
- (29)擬人法で表情豊かに2021年6月7日
- (30)回想も格好の題材に2021年6月21日
- (31)奥深きオノマトペ2021年7月5日
- (32)口語の効果を考える2021年7月19日
- (33)夏の特別編 時代の風俗映す季語2021年8月2日
- (34)続・夏の特別編 生と死の交錯する月2021年8月23日
- (35)「対話」して作品を磨く2021年9月6日
- (36)「前書」の効果を考える2021年9月20日
- (37)「あか」の表情いろいろ2021年10月4日
- (38)色で変わる句の気分2021年10月18日
- (39)特別編 天下の大事に秀句あり2021年11月1日
- (40)詩を生む「取り合わせ」2021年11月22日
- (41)意外な出合いを楽しむ2021年12月6日
- (42)あれもこれもの「も」2021年12月20日
- (43)冬の特別編 「雪」はドラマチック2022年1月10日
- (44)強調したいときの「も」2022年1月24日
- (45)追悼・安井浩司 謎めいた孤高の俳人2022年2月7日
- (46)数字で印象を鮮明に2022年2月21日
- (47)地名の効果を考える2022年3月7日
- (48)地名が想像を広げる2022年3月21日
- (49)選句のポイントは?2022年4月4日
- (50)同じ題材で多く作る2022年4月18日
- (51)目立ち過ぎにご注意2022年5月2日
- (52)自動詞か、他動詞か2022年5月23日
- (53)植物の季語あれこれ2022年6月6日
- (54)便利な「や」の使い方2022年6月20日
- (55)「や」の使い方あれこれ2022年7月4日
- (56)印象は「や」の位置次第2022年7月18日
- (57)詠嘆の「や」を生かそう2022年8月1日
- (58)想像広げる省略の「や」2022年8月22日
- (59)臨場感を生む「たり」2022年9月5日
- (60)思わず心で呟く「か」2022年9月19日
- (61)「と」は並列と引用と2022年10月3日
- (62)過去をあらわす「し」2022年10月17日
- (63)室生犀星の句を読む 俳句が開いた文士の道2022年11月7日
- (64)想像をかき立てる極意2022年11月21日
- (65)直喩と暗喩の使い分け2022年12月5日
- (66)物の名前をリズム良く2022年12月19日
- (67)並べて広がる句の世界2023年1月16日
- (68)連作が生み出す臨場感2023年1月30日
- (69)境涯句を連作で詠む2023年2月6日
- (70)「には」には要注意!2023年2月20日
- (71)音を詠んで場を描く2023年3月6日
- (72)音を聞き、情景を見る2023年3月20日
- (73)音ならぬ音を詠む2023年4月3日
- (74)さまざまな音を詠む2023年4月24日
- (75)印象強める体の部位2023年5月8日
- (76)「切れ」で変わる印象2023年5月22日
- (77)色をどう演出するか2023年6月5日
- (78)同じ材料で数句詠む2023年6月19日
- (79)擬音で句を鮮やかに2023年7月3日
- (80)擬態語で動きを活写2023年7月17日
- (81)何を詠み 何を省くか2023年8月7日
- (82)「や」の上手な使い方2023年8月28日
- (特別編)秋田で出合った季語2023年9月4日
- (特別編)一字で速くも広くも2023年9月18日
- (85)「年齢」を効果的に使う2023年10月2日
- (86)「ように」か「ごとく」か2023年10月16日
- (87)季重なりの秀句とは2023年11月6日
- (88)オノマトペは工夫次第2023年11月20日