人称が印象を変える

(2020年10月26日 付)

 「百人一首」に

 

君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪はふりつゝ 光孝天皇

 

という歌があります。「君」のために若菜を摘むのです。「君」(二人称)と「わが」(一人称)を詠み込み、「君」への思いを込めた作品です。

 

 緑蔭を出て来る君も君もかな 高浜虚子

 

は、虚子が若者たちと行った句会での作。句作を終えた若者たちが緑蔭から次々に出て来ました。もとは〈緑蔭を出て来る彼も彼もかな〉でしたが、「彼」を「君」に直しました。「君も君も」のほうが、句が生き生きとしています。

 さて今回は、「君」「あなた」など、二人称を使った投稿作品を検討します。

恋心を演出する「君」

花ある君まだあげ初めし恋の行方

 阿部彰太さん(本荘東中3年)の作。島崎藤村の〈まだあげ初めし前髪の(中略)花ある君と思ひけり〉(「初恋」)という詩の本歌(詩)取りです。「恋の行方」で俳句の形にまとめました。伝統的な「君」の使い方をした作品です。

「君」か「人」か

花氷改札口で君を待つ

走り出す君の背中や夏の海

 安倍実織さん(秋田北高2年)の作。恋の句だと解しました。「君」という言葉がよく働いています。それを確かめるため、「君」を別の言葉に変えてみましょう。

花氷改札口で人を待つ

 どうでしょう。句の印象がかなり変わります。「君」より「人」のほうがよそよそしい。改札口で待つ「人」は恋人かもしれないし、そうでもないかもしれない。漠然としています。「人」が漠然としているぶんだけ、季語の「花氷」が目立ちます。駅の構内に花氷がしつらえてあるのでしょう。

走り出す人の背中や夏の海

 「君の背中」を「人の背中」に変えると恋の句が叙景に変わります。夏の海で人々が遊んでいる。誰かが海に向かって駆けだした。その背中を作者はただ眺めている。「人」は赤の他人でもかまいません。

 「人」という言葉がずっしり重い場合もあります。鈴木真砂女の句に

 

 人恋し青き木の実を掌にぬくめ

 人もわれもその夜さびしきビールかな

 人と遂に死ねずじまひや木の葉髪

 

があります。これらを〈君恋し青き木の実を掌にぬくめ〉〈彼もわれもその夜さびしきビールかな〉〈君と遂に死ねずじまひや木の葉髪〉としても句は成り立ちます。しかし真砂女の切実な俳句には、鋭く突き放したような「人」という言葉が似つかわしい。

音を滑らかにする

人混みにあなた佇む日日草

 堀川南さん(秋田北高3年)の作。人混みの中の「あなた」を注視しているのです。「君の佇む」「彼の佇む」でも句は成り立ちますが、人が大勢いて日日草が咲いている情景には「あなた」という明るく柔らかい言葉が似合います。細かいことをいうと、ヒトゴミという音がよろしくないので

人中(ひとなか)にあなた佇む日日草

 とされてはいかがでしょうか。

 飯田蛇笏に〈つぶらなる汝(な)が眼吻(す)はなん露の秋〉(お前のつぶらな眼を吸いたい)という、ドキッとするような句があります。「汝」という二人称が効果的です。

 同じ相手を句に詠み込む場合に「君」「あなた」「汝」など二人称を使うか、「彼」「人」のような三人称的な表現を使うか。それによって句の印象が変わります。句を推敲(すいこう)するときに念頭に置いていただければ、と思います。

さあ、あなたも投稿してみよう!