新春特別編 新年の表情さまざま

(2021年1月11日 付)

 前回(12月21日付)は年末の句をご紹介しました。今回は前回と同じモノを扱った新年の句を鑑賞します。まずは「暦」です。「古暦(ふるごよみ)」は終わろうとする一年の暦。これに対し、新しい年の暦を「初暦(はつごよみ)」といいます。

斎藤夏風

ありありと童子山水初暦

 新しい年のカレンダーのデザインは水墨画でしょうか。童子と山水(風景)がありありと描かれている。「初暦」らしい、おめでたい気分が感じられます。

 「賀状書く」は年末。元旦に届く年賀状はもちろん新年の季語です。

 

五十嵐播水

新妻の友の賀状のちらほらと

 新婚の正月。娘時代の友人から来た賀状を読む妻。それを優しく眺める夫。

 

久保より江

ねこに来る賀状や猫のくすしより

 「猫のくすし」(犬猫病院)から「久保様方、猫様」に賀状が来ました。大正15(1926)年の句。昔から犬猫病院は営業熱心だったのです。作者の夫が医学博士で九州帝大教授だったと知るとなおさら可笑(おか)しい。

 「餅」は新年に限らず冬の季語ですが、「鏡餅」は新年です。神仏に供えるものですから〈大寺や霊屋(たまや)々々の鏡餅 活潭〉のように恭しく詠むのが本来ですが、次のような句もあります。

 

五十嵐播水

たま〳〵に来る患者や鏡餅

 作者は医師。正月も急患が来る。診察室に向かう途中、飾ってあった鏡餅にふと目がとまった。医者は正月ものんびり出来ない、と思いながら。医師の日常に即しつつ、そこはかとない正月気分が漂います。

 前回「飾売」「注連(しめ)飾る」などが年末の季語だと説明しました。「飾」「門松」そのものは新年の季語です。

 

岡田耿陽

波の間に見えて生簀の飾かな

 海の中にしつらえた生簀(いけす)に正月の飾が結わえてある。年の暮に舟で漕(こ)ぎ寄せて飾ったのでしょう。

 

村上鬼城

古鍬をとぎすましたる飾かな

 

飯田蛇笏

一管の笛にもむすぶ飾かな

 農家は鍬(くわ)に、笛を生業(なりわい)とする人は笛に、日頃お世話になっているそれぞれの道具への感謝をこめて輪飾を結びます。

 

藤田春梢女

岩かどに飾かゝれる泉かな

 「泉」は夏の季語ですが、この句は正月の飾があるので新年です。岩の間から湧く泉。その岩の角に輪飾がかけてある。新年にふさわしい清浄な景。

 

角 菁果

静にも金堂の扉の飾かな

 お寺のお堂にも注連飾。神仏のへだてのない正月風景です。

 

阿波野青畝

かりそめに住みなす飾かかりけり

 仮住まいの家にもきっちりとお飾りをかけてある。このように、いろいろな場所や物にある正月飾を見ると、いたるところに神が宿ると考える日本人の心性を見る思いがします。

 次に門松の句を挙げます。

 

久保田万太郎

霜、寒やしるしばかりに松を立て

 「霜、寒や」は「霜だ、寒いぞ」という意味。しるしばかりの門松を立てたものの、心の底から正月を祝う気持ちにはなれないのです。このとき万太郎70歳。正月のめでたさより、老境の寂しさが勝った句で、「昭和三十五年を迎ふ。心、さらにたのしまず」と詞書(ことばがき)があります。正月だからといってめでたい句を詠まねばならないわけではなく、そのときそのときの自分の気持に正直な句を詠めばよいのです。

 

青木月斗

元旦や暗き空より風が吹く

 

内田百〓 ※〓はもんがまえに月

元朝の薄日黄ろき大路かな

 暗い空から風が吹いたり、薄日が黄色かったり、何となく不景気です。コロナ禍の正月はこんな気分かもしれません。おしまいに私の愛誦(あいしょう)句を引きます。

 

露川

正月をあらひ流して茶漬かな

 今から三百年以上前の元禄時代、芭蕉の門人の句。そんな昔から、正月のご馳走(ちそう)に飽きてお茶漬けが食いたいと詠んだ人がいたのです。名句にはほど遠い句柄ですが、正直な詠(うた)い方が好きです。

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