「時刻」で詩情を誘う
しら梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり 蕪村
辞世です。夜明けの白梅を思い描きながら蕪村は亡くなったのでした。
朝霜や室(むろ)の揚屋(あげや)の納豆汁(なっとじる) 蕪村
遊興の夜を過ごした後の朝ご飯です。
なの花や昼一(ひと)しきり海の音 蕪村
菜の花の咲く昼間、しばらく聞えていた潮騒が再び静かになりました。
牡丹(ぼたん)切(きっ)て気のおとろひし夕かな 蕪村
大きな牡丹の花を切った後、日の暮にふと気の衰えを感じたのです。
短夜(みじかよ)や毛むしの上に露の玉 蕪村
夏の夜、毛虫が露を帯びている。
時刻(朝、昼など)を詠み込んだ蕪村の句を引きました。『枕草子』に「春はあけぼの」とありますが、季節や情景を詠むとき、そのときの時間をどうあしらうかは句作の着眼点です。今回は時刻を詠み込んだ投稿句を見ていきます。
季語で気持ちを表現
涙落つ暮れゆく空の星にじむ
寿松木(すずき)美和子さん(55歳、横手市)の作。〈萩散りぬ手を振りほどき息子逝く〉という句も投稿されています。「暮れゆく」という時刻が悲しみを添えます。季語を詠み込んで、
涙落つ秋の日暮の星にじむ
とすれば、秋の暮という季語に作者の気持ちが反映されます。
読者の共感を呼ぶ
曼荼羅の楼閣三限目の海市
鷹島由季さん(東北学院大3年)の作。大学の「三限目」は昼すぎ。海市(かいし)は蜃気楼(しんきろう)。春の季語です。アンニュイが漂います。「三限目」も面白いのですが、
曼荼羅の楼閣昼すぎの海市
とすれば、作者が大学生であることを知らない読者にも分かり易い句になります。
五時間目意識遠のく春昼よ
三谷愛華さん(能代西高1年)の作。高校の五時間目は昼すぎの眠い時間。春も眠い季節。〈春昼の意識遠のく授業かな〉とすれば形は整いますが、「五時間目」のリアルさを生かし、
春昼や意識遠のく五時間目
としてはいかがでしょうか。小中高の五時間目の眠さは読者の共感を誘います。
夢とうつつを行き来する
目を開けてみて朧な朝まだき
齊藤徹生さん(秋田中央高3年)の作。「朝まだき」は早朝。〈おぼろなる灯りがひとつ朝まだき〉という句も投稿されています。「朧」は湿度の高い春の大気の中で物の形が朦朧(もうろう)とすること。昼の「霞」に対し「朧」は夜です(例外的に「昼朧」という作例もあります)。齊藤さんの句は、夜の朧の気分をひきずった夜明けを詠んだところが新鮮です。
夕蛙迷子の靴を探しおり
京野晴妃さん(秋田技術専門校1年)の作。春の夕暮、蛙の声を聞きながら(蛙は春の季語)、しまった所がわからなくなった靴を探しているのでしょう。そうはいいながら、迷子になった子供の靴を、大人が探している場面を連想してしまいます。それはきっと、事件に遭った子供の靴が見つかる場面をドラマなどで見かけるからでしょう。アニメ映画の『となりのトトロ』では、迷子になったメイを探す場面で、池で子供用のサンダルが見つかります。
「夕蛙」の「夕」に、どことなく不思議な気分が漂っています。薄暮は別名「逢魔(おうま)が時」。泉鏡花に、逢魔が時に迷子になった幼い子供を素材にした『龍潭譚(りゅうたんだん)』という詩情あふれる怪異譚があります。
さあ、あなたも投稿してみよう!
- (1)「切字」を上手に使おう2020年4月6日
- (2)響きと余韻を楽しむ2020年4月20日
- (3)言葉を実体に近づける2020年5月4日
- (4)文語を使ってみよう2020年5月18日
- (5)詩情を突き詰めれば2020年6月1日
- (6)一字の違いで大違い2020年6月22日
- (7)使う「かな」、削る「かな」2020年7月6日
- (8)後ろの五音でキメる2020年7月20日
- (9)語順を変えてみれば2020年8月3日
- (10)「引き算」でスッキリ2020年8月24日
- (11)比喩で情景を伝える2020年9月7日
- (12)季語の情感を楽しむ2020年9月21日
- (13)「季重なり」を考える2020年10月5日
- (14)人称が印象を変える2020年10月26日
- (15)関係を物語る二人称2020年11月2日
- (16)一人称を使い分ける2020年11月16日
- (17)主人公は誰でしょう2020年12月7日
- (18)ゆく年くる年を詠む2020年12月21日
- (19)新春特別編 新年の表情さまざま2021年1月11日
- (20)人物描写のいろいろ2021年1月18日
- (21)「全集中」で情景描写2021年2月1日
- (22)二つの事柄でつくる2021年2月22日
- (23)「時刻」で詩情を誘う2021年3月1日
- (24)めりはりを生む「は」2021年3月22日
- (25)春の特別編 人生の悲喜を味わう2021年4月5日
- (26)月ごとの気分を詠む2021年4月19日
- (27)四季折々の「雨」を詠む2021年5月3日
- (28)「母」の表情さまざま2021年5月17日
- (29)擬人法で表情豊かに2021年6月7日
- (30)回想も格好の題材に2021年6月21日
- (31)奥深きオノマトペ2021年7月5日
- (32)口語の効果を考える2021年7月19日
- (33)夏の特別編 時代の風俗映す季語2021年8月2日
- (34)続・夏の特別編 生と死の交錯する月2021年8月23日
- (35)「対話」して作品を磨く2021年9月6日
- (36)「前書」の効果を考える2021年9月20日
- (37)「あか」の表情いろいろ2021年10月4日
- (38)色で変わる句の気分2021年10月18日
- (39)特別編 天下の大事に秀句あり2021年11月1日
- (40)詩を生む「取り合わせ」2021年11月22日
- (41)意外な出合いを楽しむ2021年12月6日
- (42)あれもこれもの「も」2021年12月20日
- (43)冬の特別編 「雪」はドラマチック2022年1月10日
- (44)強調したいときの「も」2022年1月24日
- (45)追悼・安井浩司 謎めいた孤高の俳人2022年2月7日
- (46)数字で印象を鮮明に2022年2月21日
- (47)地名の効果を考える2022年3月7日
- (48)地名が想像を広げる2022年3月21日
- (49)選句のポイントは?2022年4月4日
- (50)同じ題材で多く作る2022年4月18日
- (51)目立ち過ぎにご注意2022年5月2日
- (52)自動詞か、他動詞か2022年5月23日
- (53)植物の季語あれこれ2022年6月6日
- (54)便利な「や」の使い方2022年6月20日
- (55)「や」の使い方あれこれ2022年7月4日
- (56)印象は「や」の位置次第2022年7月18日
- (57)詠嘆の「や」を生かそう2022年8月1日
- (58)想像広げる省略の「や」2022年8月22日
- (59)臨場感を生む「たり」2022年9月5日
- (60)思わず心で呟く「か」2022年9月19日
- (61)「と」は並列と引用と2022年10月3日
- (62)過去をあらわす「し」2022年10月17日
- (63)室生犀星の句を読む 俳句が開いた文士の道2022年11月7日
- (64)想像をかき立てる極意2022年11月21日
- (65)直喩と暗喩の使い分け2022年12月5日
- (66)物の名前をリズム良く2022年12月19日
- (67)並べて広がる句の世界2023年1月16日
- (68)連作が生み出す臨場感2023年1月30日
- (69)境涯句を連作で詠む2023年2月6日
- (70)「には」には要注意!2023年2月20日
- (71)音を詠んで場を描く2023年3月6日
- (72)音を聞き、情景を見る2023年3月20日
- (73)音ならぬ音を詠む2023年4月3日
- (74)さまざまな音を詠む2023年4月24日
- (75)印象強める体の部位2023年5月8日
- (76)「切れ」で変わる印象2023年5月22日
- (77)色をどう演出するか2023年6月5日
- (78)同じ材料で数句詠む2023年6月19日
- (79)擬音で句を鮮やかに2023年7月3日
- (80)擬態語で動きを活写2023年7月17日
- (81)何を詠み 何を省くか2023年8月7日
- (82)「や」の上手な使い方2023年8月28日
- (特別編)秋田で出合った季語2023年9月4日
- (特別編)一字で速くも広くも2023年9月18日