「母」の表情さまざま

(2021年5月17日 付)

 私は学生の頃、山口青邨(せいそん)という俳人が指導する句会に参加していました。その会の先輩から聞いた話ですが、青邨先生の選句は、廃鉱の句と母の句に甘いというのです。青邨は鉱山専攻の工学者でした。そのため廃鉱を詠んだ句が好きだというのです。母に関しては、青邨が5歳のとき母と死別したという事情があったようです。

 

 顔も忘れ彼岸の母を香煙に 山口青邨

 

 このとき青邨は90歳。幼時に死別して思い出せない母の顏を、彼岸の墓参りの香煙の向うに思い描いているのです。

 

 野を焼いて帰れば燈下母やさし 高浜虚子

 

 野焼きが春の季語。大人に立ち混じって野焼きをして帰って来た少年を、優しい母が待っていてくれる。大人になりつつも母に甘えたい思春期の少年の気持を巧みに捉えた句です。

 さて、今回は「母」にちなんだ投稿句を見ていきましょう。

表現を和らげる

田水沸く母の期待に応えたし

 福田倫生さん(秋田北高を今春卒業)の作。さきほどの虚子の句と同様、母に認められたいという男の子の気持が感じられる作です。「田水沸く」は夏に田水が熱くなること。高3だった作者は、おそらく卒業後の進路に関し「母の期待」に応えたいと思っていた。その気持を「田水沸く」という季語に託したのです。俳句の表現としては「応えたし」が直截(ちょくせつ)に過ぎるように感じます。

我にある母の期待や田水沸く

とされてはいかがでしょうか。

秋の野に母を見つけて恋焦がる

 伊藤愛理さん(湯沢高3年)の作。広やかな秋の野に認めた人影は「あっ、お母さんだ」というのです。母を慕う子供の気持が素直に表れています。「恋焦がる」は少し力が入り過ぎているようです。

秋の野に母を見つけし嬉しさよ

とされてはいかがでしょうか。

「母」への思いを想像させる

背景に雷を見た母の笑み

 浦島奈々さん(能代西高を今春卒業)の作。母がニヤリと笑った。その背後に雷がピカッと光った。「雷」は母の叱正なのかもしれませんが、俳句なので自然現象と解しておきましょう。だとしても、この「母の笑み」は謎めいています。

うら枯れて母は女になりにけり

 岡田水澪さん(潟上市、会社員23歳)の作。「母」も「女」だというのです。「末枯(うらがれ)」は、晩秋に草の葉が先端から枯れて来ること。若さを失いつつ女であろうとする母に対する娘の思いを詠んだ句だとすると「うら枯れて」は辛辣(しんらつ)です。

鍋囲む面取り大根母の味

 長谷川和子さん(鹿角市、78歳)の作。大根の面取りをし、母直伝の出汁(だし)を使った鍋物を囲むのです。大根が冬の季語。

 句の形が少し窮屈なので添削を試みます。「面取り」を中心に詠むなら

面取りをして大根や母の味

鍋物の味を中心に詠むならば

寄鍋を囲むや出汁は母の味

 寄鍋に代えて「おでん鍋囲むや出汁は母の味」「しよつつる鍋囲むや出汁は母の味」も可能です。きりたんぽなら「きりたんぽ鍋のお出汁は母の味」ですね。