奥深きオノマトペ
擬態語・擬音語あるいはオノマトペなどと呼ばれる表現技法があります。この技法は俳句にも用いられます。以下は芭蕉の句です。(下線部が擬音語・擬態語)
むめ(梅)がゝ(香)にのつと日の出る山路哉
ひら〳〵とあぐる扇や雲の峰
ひや〳〵と壁をふまえて昼寐哉
ひよろ〳〵と尚露けしや女郎花
あか〳〵と日は難面もあきの風
ぴいと啼尻声かなし夜の鹿
芭蕉は「ひらひら」のような、ありふれた擬態語を効果的に使っています。いっぽう「のつと」などは、この句のために発明したかのように新鮮です。
今回は擬態語・擬音語を用いた句を投稿作の中から拾ってみましょう。
語順を変えてみる
愛読書手にいそいそと夏の庭
安井西紫湖さん(鳥取県米子市、50歳)の作。好きな本を手にして、お気に入りの木陰に向っていそいそとゆくのです。動詞が省略され、無駄な言葉のない作品です。
愛読書手にいそいそと庭の夏
とすると、「夏」の一字に広がりが出ると思います。
表現の重複を避ける
客去りてしみじみ思う盆の夜
今野夏美さん(能代松陽高3年)の作。「しみじみ」があるので「思う」は省略できます。
客去りし後しみじみと盆の夜
言葉をシンプルにする
ざくざくと足音作る雪の道
高杉悠太さん(秋田中央高を今春卒業)の作。「ざくざく」はしっかりした把握。「足音作る」は再考の余地があります。まずは
ざくざくとゆく足音や雪の道
と直します。「ざくざく」は音の形容ですから「足音」も消せそうです。
ざくざくと我はゆくなり雪の道
言葉をシンプルにすると「ざくざく」が目立ちます。
ひらひらと咲いて散り行く六花かな
佐々木美月さん(秋田中央高3年)の作。「六花」から「咲いて」が出て来たのかもしれませんが、略せそうです。
ひらひらと散りゆくものは六花かな
助詞を吟味する
花びらももんしろちょうもひらひらと
丹野知さん(秋田市、高清水小5年)の作。雪(六花)や散る花や蝶に用いる「ひらひら」は代表的な擬態語です。
花びらともんしろちょうとひらひらと
「も」を「と」に変えると句がリズミカルになります。
無駄を省き余韻を生む
蛍火のぽつりと光る田んぼ道
土橋幸衡さん(由利本荘市、本荘東中を今春卒業)の作。「ぽつり」が小さな一点を表します。「光る」は略せます。
蛍火のそこにぽつりと田んぼ道
ほーほけきょひんやり澄んだ春の朝
吉川幸子さん(東京都、43歳、男鹿市出身)の作。「春の朝」と「鶯」で季が重なるので「ほーほけきょ」としたのかもしれません。落ち着いた感じの句ですから「鶯」としたいところ。「春」は消します。
鶯にひんやりと澄む朝かな
おしまいに「ひら〳〵」を使った先人の作例を紹介します。
ひら〳〵と月光降りぬ貝割菜 川端茅舎
風立ちて月光の坂ひらひらす 大野林火
私も「蟷螂のひらひら飛べる峠かな」と詠んだことがあります。「ひら〳〵」のようなありふれた言い回しでも、使い方によってはまだまだ新しい表情を見せてくれます。
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