夏の特別編 時代の風俗映す季語

(2021年8月2日 付)

 俳句の季語が最も多いのはどの季節でしょうか。『図説俳句大歳時記』の季語数は春1110語、夏1764語、秋1288語、冬1017語、新年688語。

 なぜ夏に季語が多いか。一つには、虫や草木など動植物の季語が多いから。兜虫(かぶとむし)、黄金虫(こがねむし)、天道虫(てんとうむし)、髪切虫(かみきりむし)、蝉(せみ)、蟻(あり)、蠅(はえ)、蚊、ゴキブリ、蜘蛛(くも)、蛾(が)など虫の多くは夏の季語です。草木も夏の季語が多い。もう一つは、明治以降の「近代化」に伴って新たに加わった季語が多いから。

 今回は「夏の特別編」として、昭和十年代に編まれた『ホトトギス雑詠選集』から「近代的」な季語(下線)を詠んだ夏の句を紹介します。

山口波津女(はつじょ)

扉をあけて青赤のもの冷蔵庫

 昭和8(1933)年の句。「青赤のもの」は野菜や食品のパッケージやその他もろもろ。冷蔵庫を開いた瞬間の印象がよく表現されています。冷蔵庫は一年中こういうものですが、この清涼感が嬉(うれ)しいのは夏です。

 

久保ゐの吉

扇風機卓上の花萎え易き

 大正11(1922)年の句。天井に取り付けた扇風機でしょうか。卓上の花瓶に挿した花が生気を失っています。

 

鈴鹿野風呂(のぶろ)

キヤムプの子大王岬の濤を描く

 昭和12(1937)年の句。海辺にキャンプに来た子どもが風景をスケッチしています。そこには志摩半島の大王埼の見事な波が描かれている。キャンプの気分が伝わってくる作品です。

 

山口青邨

ハンモツク海山遠く釣りにけり

 昭和11(1936)年の句。「海山遠く」とは海も山も遠い。夏だからといって海や山に出かけるわけでもなく、手近なところにハンモックを吊(つ)って避暑地に行った気分になっているのでしょう。さながらコロナ禍の夏のように。

岡田耿陽

登山客ちらばり掛けて縁長し

 昭和8年の句。山の宿でしょうか。登山家の客人たちが、縁側に腰を掛けて休息しているのでしょう。庭に面して長い縁側のある建物が想像されます。「ちらばり掛けて」はさながらソーシャルディスタンスです。

 

星野立子

バス降りて主人帰るや避暑の宿

 昭和10(1935)年の句。都会を離れて避暑に来ているのです。近くの停留所にバスが止まった。見覚えのある人が下車した。宿の主人が帰って来た。ということは、主人の顔を知っている馴染(なじ)みの宿なのです。宿の仕事は家族に任せ、主人は町に勤めに行っているのでしょうか。あるいは用足しに行ったのか。短編小説にでもなりそうな避暑地の一こまです。

 

相島虚吼(きょこう)

ビール抜受け止めたりな船の人

 昭和3(1928)年の句。納涼船でしょう。船にビールを持ち込んだものの栓抜きがない。船着場あるいは隣の船から栓抜きを投げてよこした。それを見事に受け取った「船の人」がカッコいい。ビールが美味(おい)しいのは、当然、夏です。

 

豊原青波

貸ボートいとゆるやかに衝突し

 昭和10年の句。漕ぎなれないボートを浮かべてのんびりと遊んでいる場面です。

 

栗田京介

をみな等は男言葉をソーダ水

 冷たいものを飲みながら男言葉で話している女の子たち。この句も昭和10年です。

 これらは芭蕉や一茶の時代には存在しなかった季語を詠んだ句です。このような夏の楽しみは、庶民の生活様式の近代化の一面ですが、それがすでに百年近く前の俳句に詠まれている。俳句は時代の風俗を映す鏡でもあるのです。

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