続・夏の特別編 生と死の交錯する月
今回も「夏の特別編」として、8月を詠んだ句を紹介します。8月といえば夏休み。夏休みといえば帰省です(コロナ禍がなければ)。
高野素十
水打つて暮れゐる街に帰省かな
「帰省」は夏の季語。故郷の町に到着したのは夕方。あちこちで打ち水をしている。
石田雨圃子
寺の子は寺のつとめや夏休
夏休み、寺の子は寺の用事や住職になる修行をするのです。1932(昭和7)年の句、石田雨圃子(うぼし)=1884~1952年=は旭川市内の寺の住職でした。
原石鼎
寺の扉の谷に響くや今朝の秋
「今朝の秋」とは立秋。山の中の寺の扉を開けたてする音が谷に響きます。2021年の立秋は8月7日。暦の上では8月の大部分は秋なのです。
星野立子
干草にのしかゝりては束ねけり
「干草」は夏の季語。ところが次の句は「八月」があるので秋の句です。
有馬草秋
干草を終へて八月大名かな
「八月大名」とは「農家にとって8月は労働をあまり必要とせず、気楽な月である」(『広辞苑』)という意味。
川島奇北
百姓の広き庭なり盆の月
竹下しづの女
故里を発つ汽車に在り盆の月
神谷阿乎美
山を出し月を合図に踊かな
盆、踊(盆踊)は秋の季語です。
河野静雲
盆布施のきばつてありしちとばかり
作者は僧。盆の読経に行った檀家(だんか)がお布施の金額を「ちとばかり」奮発してくれたのです。
山口青邨
ふんばれる真菰の馬の肢よわし
中村汀女
あひふれし子の手とりたる門火かな
山口誓子
古びたる午下の日輪川施餓鬼
皆吉爽雨
ふるさとの色町とほる墓参かな
松藤夏山
燈籠の海となりたる墓淋し
原石鼎
松風にふやけて疾し走馬燈
吉岡禅寺洞
ひたすらに精霊舟のすゝみけり
高野素十
流燈に下りくる霧の見ゆるかな
村上鬼城
送火やいつかは死んで後絶えん
真菰(まこも)の馬、門火(迎え火と送り火)、施餓鬼(せがき)、墓参り、盆燈籠、精霊舟、流燈などは盆の頃のなつかしい風物です。
8月は原爆忌の月でもあります。
西東三鬼
広島に月も星もなし地の硬さ
同
広島の夜蔭死にたる松立てり
同
広島や卵食ふ時口ひらく
1947年発表の句。同年、俳人の高屋窓秋はこれら三鬼の句を「月も星もない。黒い生の可能なき大地」「枯れた松は、死の象徴」「辛うじて一個の白い卵を食ふために、わずかに口を開くばかり」と評しました。
引用句と評はGHQの検閲により削除されました。連合国に対する日本人のresentment(怨恨)を惹起(じゃっき)する、という理由でした。「広島や卵食ふ時口ひらく」だけは削除を免れました。削除されなかったのは「検閲官が見落としたか、俳句が読めなかったか」(川名大『昭和俳句の検証』)。「卵食ふ時口ひらく」は広島と結びついて極限的な生の様相を喚起します。意外な角度から原爆の恐怖を捉えた句ですが、検閲官はこの俳句の持つ詩の力に気づかなかったのでしょうか。
8月6日は広島忌。9日は長崎忌。15日は終戦(敗戦)の日です。
安住敦
てんと虫一兵われの死なざりし
高浜虚子
敵といふもの今はなし秋の月
三橋敏雄
敗戦の日の夏の皿今も清し
そのとき敦は従軍中、虚子は疎開中でした。敏雄の句は戦後30年を経て敗戦の日を振り返っています。
8月は思い出の多い月です。学校の夏休み。お盆の里帰りと墓参り。原爆、終戦という歴史上の記憶がぎっしりと詰まった月でもあります。夏の真っ盛りに生の喜びを謳歌(おうか)しながら、しのび寄る秋を感じ、さらには生と死の境を身近に思う。8月は不思議な月です。
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