「対話」して作品を磨く
俳句は連句の発句(ほっく)が独立して成立した文芸です。連句とはどんなものか。その一節を引きます。
市中は物のにほひや夏の月 凡兆(ぼんちょう)
あつしあつしと門々の声 芭蕉
三百年ほど前の連句の一部です。芭蕉の弟子の凡兆の句は俳句として鑑賞されていますが、じつは連句の最初の一句(発句)でした。その発句に応じる形で二句目(脇)を芭蕉が詠んでいます。連句は、五七五の長句と七七の短句を連鎖状に並べていく形式で、江戸時代に流行しました。
今回連句に触れたのは、対話風の発想が俳句のヒントになるからです。さきほどの連句を対話風に翻案しましょう。
凡兆「夜も暑い。町中は物の匂いでむせ返るようです。涼しげなのは月だけですね」。芭蕉「そうそう、あちこちで暑い暑いと言っている」。凡兆の句と芭蕉の句とはこのような対話の関係にあります。
さて今回は、対話の発想を用いながら投稿句の添削を試みます。
思い切って省略する
トラクター絵筆のごとく田起こしす
伊藤てい琴さん(秋田市、71歳)の作。「田起こし」は春に田を耕すこと。「絵筆のごとく」がどんな様子か、句を読んだだけではわかりかねました。
作者によれば「トラクターが動くにつれ黒い線が引かれ、さながら筆で絵を描いているように見えた」とのこと。なるほど、そういうことだったのです。作者の説明は三十八字。俳句は十七字。三十八字を十七字に縮めるのは難しい。「トラクター耕せる田の黒き筋絵筆にて絵を描きたるごとし」と短歌にすれば言いたいことが言えそうです。
では俳句の場合どうすればよいか。ここで作者の説明を「対話」に書き換えてみましょう。A「田を耕すトラクターが進むにつれ黒い線が引かれてゆくんです」。B「なるほど絵を描いているようなものですね」。
AさんBさんの対話を全て俳句に詠み込むのは無理です。そこでどうするか。Bさんの言葉は読者の想像に委ね、Aさんの言葉だけで一句にするのが一案です。
黒き筋引きトラクター田を起こす
こうすると情景はわかりやすくなりますが、作者が言いたかった「筆で絵を描いているように」は消えてしまいます。そこで「筆で絵を描いているように」に結びつく表現を試みます。
トラクター絵を描くごとく田を起こす
何だ、元の句から「筆」を消しただけじゃないか、と。その通りです。
では何のために、回り道のようにAさんBさんの対話を考えたのでしょうか。それはAさんの言いたいことを整理するためです。Aさんにとって何が面白いのでしょうか。それは「トラクターが田に黒い筋をつけるのが、絵を描いているようだ」ということ。その要素は、トラクター、田を起こす、黒い線(筋)、絵を描くようだ、です。逆に「筆」という言葉は要りません。俳句は十七音しかありませんから、「筆」という二文字を削ればやりくりが楽になります。
言いたいことが多くて句がまとまらないときは、人と対話をするつもりで自分が言いたいことを整理してはどうでしょうか。自分の言葉だけで全てを言い尽くそうとすると苦しくなります。言いたいことの一部は相手に言わせるつもりで、思い切って省略することも句作の大切なポイントです。
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