「あか」の表情いろいろ
色彩は人の目を楽しませてくれます。芭蕉の句にも「色」が使われています。
鶏頭や雁の来る時なをあかし 芭蕉
雁が渡って来るころ鶏頭がますます赤くなるのは当たり前ですし、「来る時なを」は理屈ですが、赤い花に対してダメ押しのように「あかし」と言い切ったところが印象鮮明です。鶏頭の絵に対する画賛として詠まれた作です。
一日〳〵麦あからみて啼雲雀 芭蕉
日一日と麦が熟して赤色を帯び、雲雀が鳴いています。
石の香や夏草赤く露あつし 芭蕉
那須温泉に近い殺生石付近。「石の香」は火山性のガス。草は赤く枯れ、地面のほてりのため露も熱い。元禄2(1689)年「奥の細道」途次の吟。本文には採用されず、随行した曽良の日記に記録されています。
あか〳〵と日は難面もあきの風 芭蕉
「奥の細道」での吟。日ざしはきついが風はもう秋です。「あか〳〵」には「明々」「赤々」両説ありますが、根っこにある感覚は「明」も「赤」も同じです。
「赤」を詠み込んだ芭蕉の句を拾いました。今回は、赤い色に目をとめた投稿句を見ていきましょう。
あえて言い尽くさない
ミニトマト赤く鈴なり甘味濃し
太田穣さん(男鹿市、55歳)の作。トマトが赤いのは当たり前ですが、「鈴なり」と言ったことでミニトマトの収穫を喜ぶ気持ちが伝わります。赤(色彩)→鈴なり(形状)→甘味(味覚)という展開が良いと思います。「甘味濃し」とまで言い尽くさなくても、
ミニトマト赤く鈴なりその甘さ
で言いたいことは十分に伝わります。下五には「甘きかな」「甘きこと」「ただ甘し」なども考えられます。
比喩をやめてみる
真っ赤なる夕日のようなミニトマト
戸沢ケイ子さん(大仙市、75歳)の作。真っ赤な夕日のようなミニトマトというわけですが、それを夕日のように真っ赤なミニトマトとしてはどうでしょうか。「真っ赤」という修飾語を「夕日」ではなく、直接「ミニトマト」に掛けたほうが直截(ちょくせつ)な表現になります。
(1)ミニトマト夕日のように真っ赤なる
ここで頭を切り換えましょう。「ような」という比喩をやめて、「夕日」を実景にしてはどうでしょうか。
(2)ミニトマト熟れて夕日が真っ赤なり
添削(2)の「夕日」は、比喩の中の夕日ではなく、じっさいに目の前にある夕日です。夕日とミニトマトを比喩によって関係づけるのも一つのやり方ですが、比喩を使わずに、同じ情景の中に夕日とミニトマトを並べても面白いと思います。
名詞をそのまま並べる
鉄塔の赤剥がれ落つ大西日
千葉優翔さん(秋田大2年)の作。鉄塔の塗料の被膜が剥(は)がれ落ちたのでしょうか。ミニトマトのみずみずしい赤ではなく、錆(さび)を思わせる疲れたような赤。「夏の河赤き鉄鎖(てっさ)のはし浸る 山口誓子」を思い出します。淀んだような夏の河。赤く錆びた鎖の先が浸っている。
さて「赤剥がれ落つ」は、赤という色が剥落するのではなく、赤いものが剥落するのです。その点に拘(こだわ)って添削します。
西日鉄塔赤きもの剥がれ落つ
ザックリした句柄なので「西日」と「鉄塔」と二つの重い名詞をそのまま並べてみました。上五から中七にかけてが「句またがり」です。
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