特別編 天下の大事に秀句あり
「朝顔や政治のことはわからざる」と詠んだ高濱虚子は、俳句を「天下無用の閑事業」と称しました。それに対する天下の大事といえば、政治もそのひとつです(昨日は総選挙でした)。今回は、政治のいろいろな場面を詠んだ俳句をご紹介します。
絹村
牡丹や国のうれひに主客ある
牡丹の咲く庭に面した一間で「主客」が国政を談じている。「料亭政治」という言葉も連想されますが、「国のうれひ」ですから、きっと憂国の士でしょう。牡丹の花が句を格調高いものにしています。1913(大正2)年作。藩閥政治から政党政治への移行期の作品です。
堀場定祥
学良を特赦の政治始かな
1937(昭和12)年作。日中関係史に登場する張学良は、軍閥の頭目の張作霖の長男。蒋介石との抗争で国民党政府に逮捕され、昭和12年1月に特赦。その後も軟禁のまま台湾に渡るなど、数奇な一生を送った人物です。張学良を特赦にするとの記事を読んだ一俳人は、これが蒋介石の一年の「政治始」である、と詠んだのです。
この句の前年には、二・二六事件という一大政変が起こりました。
中村草田男
頻り頻るこれ俳諧の雪にあらず
紅雪惨軍人の敵老五人
降りしきるその日の雪は、俳諧の雪月花の雪ではない、血腥(ちなまぐさ)い雪なのだ、と詠じる俳人。犠牲になったのは蔵相の高橋是清たち。軍人たちが決起したのは老人五人を血祭にあげるためだったのか、と俳人は憤慨しています。
第二次世界大戦後には、安保闘争など激しい政治運動の時代がありました。当時の俳人たちは、その様相を積極的に句に詠みました。たとえば、デモを詠んだ句。
沢木欣一
デモの年汗に腐りし腕時計
1952(昭和27)年には、米軍基地に反対する内灘闘争が起りました。
古沢太穂
白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ
白シャツが夏の季語。反対運動に携わる人々の白いシャツと、白い蓮の花とが風に翻(ひるがえ)ります。この蓮は鑑賞用ではなく、レンコンを栽培する一面の蓮田の景色です。
次に、政治家に関わる句を紹介します。
相島たけ雄
娘を杖に老政客や木堂忌
1938(昭和13)年作。「木堂」とは五・一五事件で殺害された首相の犬養毅。その忌日の法要に現れたのは、犬養と同時代を「政客」として生きて来た老人。杖(つえ)の代わりに娘に支えられてます。
飴山實
丞相の言葉卑しく年暮るゝ
「丞相(じょうしょう・しょうじょう)」は首相。政治家はうっかりしたことを言うと世間の批判にさらされます。俳人からは「言葉卑しく」と攻撃される。
昭和50年代後半に詠まれた句で、当時の内閣は鈴木、中曽根、竹下のいずれかと思われます。中曽根康弘は1982(昭和57)年に内閣総理大臣に就任。そのさいにこんな句を詠みました。
康弘
はるけくも来つるものかな萩の原
長い政治生活を経て首相の座についた中曽根は当時64歳。政治家の思いを率直に詠んだ句で「萩の原」が伸びやかです。
最後は、国際政治を詠んだ句です。
阿波野青畝
蝶多しベルリンの壁無きゆゑか
蝶が多く飛んでいるのは、ベルリンの壁が無くなったためか。東西ドイツの統一(1990年)を祝福した句です。
(敬称略)
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