意外な出合いを楽しむ

(2021年12月6日 付)

 前回(11月22日付)に引き続き、取り合わせについて見ていきましょう。

 

 木枕のあかや伊吹にのこる雪 丈草

 

 丈草は芭蕉の弟子。木枕に垢(あか)が残っている。まだ寒い残雪の頃ですから不潔感はさほど感じない。木枕の垢と取り合わせたのが伊吹山の残雪。枕の垢と山の残雪はものの表面に付着するという点で相通じます。そこにちょっとした俳諧味があります。

 一見無関係の物事を取り合わせたように見えるが、どことなく関係があるような、ないような。そんなところにも取り合わせの句を読む面白さがあります。

 さて、投稿を見ていきましょう。

連想を生かす

桜桃忌鏡見つめて変顔す

賢治忌や電車に遅れ仰ぐ星

 ともに外舘翔海さん(秋田大1年)の作。桜桃忌は太宰治の忌日で6月13日(19日とする歳時記もある)。宮沢賢治の忌日は9月21日。「鏡見つめて変顔す」は、自意識にとらわれながら道化を演じた太宰のイメージに通じます。「電車に遅れ仰ぐ星」は「銀河鉄道の夜」からの連想でしょうか。それぞれ「桜桃忌」と「鏡見つめて変顔す」、「賢治忌」と「電車に遅れ仰ぐ星」を取り合わせた句です。この取り合わせには、太宰と賢治のそれぞれの代表作のイメージが投影されています。

 石橋喜一さん(横手市、89歳)の作。長年連れ添った夫婦が仲よく米寿を迎えて心太を食べる。ちょっとたよりない感じもする「心太」ですが、気負わず飄々(ひょうひょう)とした風趣を感じます。

理屈にとらわれない

純愛など無し流氷のうすみどり

 鈴木総史さん(北海道旭川市、25歳)の作。「純愛など無し」と「流氷のうすみどり」とが、理屈とは別の次元で響き合っています。この句から私は「夏みかん酸つぱし今さら純潔など 鈴木しづ子」という句を思い出しました。夏みかんの酸っぱさと「今さら純潔など」という思いが俳句の中でぶつかりあっています。

初恋に梅があふれて前を向く

 渡部美音さん(湯沢高校2年)の作。「初恋」と「梅」を取り合わせました。「あふれて」は梅の様子ですが、そこには作者の気持ちが投影されています。「前を向く」のは作者ですが、ぱっちりと咲いた梅の花にも前を向いているような印象があります。

かりどきメトロノームの刻む時

 清水佳代子さん(さいたま市、72歳)の作。「蛙の目借時」とは「春の、眠くてたまらない時期。(中略)蛙が人の目を借りるからとしていう」(『広辞苑』)というもの。「目借時」の気分とメトロノームを取り合わせた巧(うま)い句です。「時」の繰り返しが心地よい。

素直に取り合わせる

春まだ来手踊りけいこ偽笑顔

 鈴木則子さん(鹿角市、75歳)の作。手踊りの稽古をしながら作り笑いをしていることと、春がまだ来ない薄ら寒い気分とがどこか通じ合っています。上五は「春まだ来ず」という意味でしょうから、次のようにされてはいかがでしょうか。

いまだ手踊りけいこ偽笑顔

ふきとう社の道を拓きけり

 工藤光一さん(秋田市、64歳)の作。ことさらな取り合わせではありませんが、「社の道」(参道でしょうか)と「蕗の薹」とを、素直に取り合わせた作品です。

冴え渡る夜は心も静かなり

 阿部妙子さん(鹿角市、80歳)の作。この句もまた、冬の「冴え渡る夜」と、静かな心とを、素直に取り合わせた句です。

 多くの俳句は、季語と季語以外の何かとの取り合わせで出来ているのです。