数字で印象を鮮明に
雞頭の十四五本もありぬべし 正岡子規
子規が亡くなる2年前、病床から庭を眺めての作と思われます。病人の目に映った「十四五本」の鶏頭の印象が鮮やかです。この句の魅力は「十四五」という絶妙の数です。もっと少なければ三本、五本などと数を特定できますが、少なからぬ本数で生えている様子を表現するには「十四五」という、やや曖昧な表現がぴったりです。この句と「鶏頭の七八本」「枯菊の十四五本」とがどう違うのかと問うた人があるそうですが、「鶏頭の十四五本」のもっともらしさは動かしがたい。
月の友三人を追ふ一人かな 高濱虚子
月を愛でる風雅の友でしょうか。三人連れを追うように、その後をもう一人。
牡丹百二百三百門一つ 阿波野青畝
おびただしい牡丹の咲く庭園。その庭園に入る門はたった一つ。
筍や雨粒ひとつふたつ百 藤田湘子
にわかに降りつのる雨を「雨粒ひとつふたつ百」と表現しました。
物の数をうまく詠み込むと句のイメージが鮮明になります。今回は物の数を詠み込んだ投稿句を見ていきましょう。
字余りを直す
カーネーション幾千本とてまだ足りぬ
牧野純夫さん(秋田市、74歳)の作。母への感謝の思いを詠んだ句です。中七の字余りを直しましょう。
幾千のカーネーションもまだ足りぬ
情景を描く
ペダル止め金木犀の午後三時
藤田陽太さん(福岡県、56歳)の作。自転車で近くの筑後川に行って詠んだそうです。「午後三時」が具体的で良いですね。金木犀(きんもくせい)のそばに自転車を止めてある情景を想像して、別の句案をお示しします。
午後三時金木犀と自転車と
文字数を減らす
膝掛や許可は十二月からの校則
古谷祥多さん(横手市、32歳)の作。校則によれば冬期は膝掛使用可なのです。「十二月」が具体的で良いですね。もうひと頑張りして文字数を減らします。
校則の膝掛許す十二月
情景を単純化する
冬の虹二つの道を繋ぎけり
岐路に立ち一つの道に冬木立
太田穣さん(男鹿市、56歳)の作。「依願退職する複雑な気持ち」を詠んだとのこと。「冬の虹」「冬木立」という季語がよく効いています。詠み込まれた情景を単純にする方向で直してみましょう。
道二つあり冬の虹懸かりたる
二つある道の一つや冬木立
類語を検討する
朝露や六人乗りの乳母車
神戸みや女さん(神戸市、53歳)の作。保育士さんが園児を乗せる車を想像しました。「六人」がリアルです。添削例では「カート」と言ってみました。
朝露やカートに園児六人を
句形を整える
軽トラに九段重ねて早苗床
芦野あきみさん(千葉県、76歳)の作。田に植える早苗を九段重ねにして荷台に載せている情景。「九段重ねて」で現場の感じが分ります。添削例では切れ字の「や」を使って句形を整えました。
軽トラに九段重ねや早苗床
分かりやすく言い換える
桜餅リズムで作り六つ七つ
清水健彦さん(秋田市、41歳)の作。「リズムで」とは、調子よくリズミカルな手つきで作ったのでしょう。そんな心持が「六つ七つ」に表れていますが、「リズムで」が分りにくいので添削を試みます。
桜餅つくる次々六つ七つ
- (1)「切字」を上手に使おう2020年4月6日
- (2)響きと余韻を楽しむ2020年4月20日
- (3)言葉を実体に近づける2020年5月4日
- (4)文語を使ってみよう2020年5月18日
- (5)詩情を突き詰めれば2020年6月1日
- (6)一字の違いで大違い2020年6月22日
- (7)使う「かな」、削る「かな」2020年7月6日
- (8)後ろの五音でキメる2020年7月20日
- (9)語順を変えてみれば2020年8月3日
- (10)「引き算」でスッキリ2020年8月24日
- (11)比喩で情景を伝える2020年9月7日
- (12)季語の情感を楽しむ2020年9月21日
- (13)「季重なり」を考える2020年10月5日
- (14)人称が印象を変える2020年10月26日
- (15)関係を物語る二人称2020年11月2日
- (16)一人称を使い分ける2020年11月16日
- (17)主人公は誰でしょう2020年12月7日
- (18)ゆく年くる年を詠む2020年12月21日
- (19)新春特別編 新年の表情さまざま2021年1月11日
- (20)人物描写のいろいろ2021年1月18日
- (21)「全集中」で情景描写2021年2月1日
- (22)二つの事柄でつくる2021年2月22日
- (23)「時刻」で詩情を誘う2021年3月1日
- (24)めりはりを生む「は」2021年3月22日
- (25)春の特別編 人生の悲喜を味わう2021年4月5日
- (26)月ごとの気分を詠む2021年4月19日
- (27)四季折々の「雨」を詠む2021年5月3日
- (28)「母」の表情さまざま2021年5月17日
- (29)擬人法で表情豊かに2021年6月7日
- (30)回想も格好の題材に2021年6月21日
- (31)奥深きオノマトペ2021年7月5日
- (32)口語の効果を考える2021年7月19日
- (33)夏の特別編 時代の風俗映す季語2021年8月2日
- (34)続・夏の特別編 生と死の交錯する月2021年8月23日
- (35)「対話」して作品を磨く2021年9月6日
- (36)「前書」の効果を考える2021年9月20日
- (37)「あか」の表情いろいろ2021年10月4日
- (38)色で変わる句の気分2021年10月18日
- (39)特別編 天下の大事に秀句あり2021年11月1日
- (40)詩を生む「取り合わせ」2021年11月22日
- (41)意外な出合いを楽しむ2021年12月6日
- (42)あれもこれもの「も」2021年12月20日
- (43)冬の特別編 「雪」はドラマチック2022年1月10日
- (44)強調したいときの「も」2022年1月24日
- (45)追悼・安井浩司 謎めいた孤高の俳人2022年2月7日
- (46)数字で印象を鮮明に2022年2月21日
- (47)地名の効果を考える2022年3月7日
- (48)地名が想像を広げる2022年3月21日
- (49)選句のポイントは?2022年4月4日
- (50)同じ題材で多く作る2022年4月18日
- (51)目立ち過ぎにご注意2022年5月2日
- (52)自動詞か、他動詞か2022年5月23日
- (53)植物の季語あれこれ2022年6月6日
- (54)便利な「や」の使い方2022年6月20日
- (55)「や」の使い方あれこれ2022年7月4日
- (56)印象は「や」の位置次第2022年7月18日
- (57)詠嘆の「や」を生かそう2022年8月1日
- (58)想像広げる省略の「や」2022年8月22日
- (59)臨場感を生む「たり」2022年9月5日
- (60)思わず心で呟く「か」2022年9月19日
- (61)「と」は並列と引用と2022年10月3日
- (62)過去をあらわす「し」2022年10月17日
- (63)室生犀星の句を読む 俳句が開いた文士の道2022年11月7日
- (64)想像をかき立てる極意2022年11月21日
- (65)直喩と暗喩の使い分け2022年12月5日
- (66)物の名前をリズム良く2022年12月19日
- (67)並べて広がる句の世界2023年1月16日
- (68)連作が生み出す臨場感2023年1月30日
- (69)境涯句を連作で詠む2023年2月6日
- (70)「には」には要注意!2023年2月20日
- (71)音を詠んで場を描く2023年3月6日
- (72)音を聞き、情景を見る2023年3月20日
- (73)音ならぬ音を詠む2023年4月3日
- (74)さまざまな音を詠む2023年4月24日
- (75)印象強める体の部位2023年5月8日
- (76)「切れ」で変わる印象2023年5月22日
- (77)色をどう演出するか2023年6月5日
- (78)同じ材料で数句詠む2023年6月19日
- (79)擬音で句を鮮やかに2023年7月3日
- (80)擬態語で動きを活写2023年7月17日
- (81)何を詠み 何を省くか2023年8月7日
- (82)「や」の上手な使い方2023年8月28日
- (特別編)秋田で出合った季語2023年9月4日
- (特別編)一字で速くも広くも2023年9月18日
- (85)「年齢」を効果的に使う2023年10月2日
- (86)「ように」か「ごとく」か2023年10月16日
- (87)季重なりの秀句とは2023年11月6日
- (88)オノマトペは工夫次第2023年11月20日