地名が想像を広げる

(2022年3月21日 付)

 前回(7日付)は山や川を詠み込んだ作品を取り上げました。今回は地名を広く捉え、いろいろな作例を見ていきましょう。

 

紫陽花に秋冷いたる信濃かな 杉田久女

 

飛騨涼し北指して川流れをり 大野林火

 

花ちるや瑞々しきは出羽の国 石田波郷

 

貝こきと噛めば朧の安房の国 飯田龍太

 

水澄みて四方に関ある甲斐の国 同

 

若狭には仏多くて蒸鰈むしがれい 森澄雄

 

 これらは旧国名の風情を生かした句です。たとえば「瑞々しきは出羽の国」と詠まれた「出羽」は、字面や音の響きが綺麗(きれい)です。相撲の「出羽ノ海」やお酒の「出羽鶴」なども良い名前ですね。

 

春潮といへば必ず門司を思ふ 高浜虚子

 

 「門司」という具体的な地名が、関門海峡の潮流を連想させます。

 

月暗き熊本城を攻めしとかや 水村

 

 大正元(1912)年の句。月が秋の季語。明治9(1876)年10月に起こった「神風連の変」という史実を踏まえた句と思われます。「神風連」と呼ばれる熊本の士族たちが新政府の方針に反対し、政府の鎮台のある熊本城に夜襲をかけたのでした。「月暗き熊本城」という城の名が句に迫力を与えています。

 さて、今回も地名を詠み込んだ投稿句を見て行きましょう。

助詞の効果を生かす

冬空に波はとどろく鹿島灘

 深谷まりさん(茨城県取手市、38歳)の作。「鹿島灘」という地名から、広々とした太平洋が想像されます。この冬空は太平洋側の冬の晴天でしょうか。「波は」の「は」という助詞が歯切れよく、晴朗な感じがします。

季語を上手に使う

房総の春摘みをればかもめ鳴く

 森美枝子さん(さいたま市、74歳)の作「房総」は、房総半島の中のどこかの場所。「鴎鳴く」とありますから、海の情景が想像されます。「春摘みをれば」とありますが、春そのものを摘むわけにはいかないので、苦しい表現です。ここでは、春の草を摘む「摘草」という季語を使ってはいかがでしょうか。また上五に「や」を使うと、句に広がりが出ます。

房総や草摘みをれば鴎鳴く

心地よい繰り返し

オンライン秋田訛なまりや秋田蕗

 土谷敏雄さん(由利本荘市、85歳)の作。オンラインで話しているお互いが秋田訛である。オンラインでもお国訛りはついて回るのです。その話題が「秋田蕗」なのでしょうか。「秋田訛や秋田蕗」は「秋田」の繰り返しが心地よい。

中七に切れをもうける

この桜母に見せたい横手城

 熊谷順子さん(美郷町、69歳)の作。「横手城」という城の名を詠み込んだところが具体的で良いですね。中七にはっきりした「切れ」をもうけましょう。

この桜母に見せたし横手城

具体名で想像させる

こまち号花の郷里へひた走り

 二田征作さん(千葉市、76歳)の作。「こまち号」という具体的な列車の名を詠み込みました。「花の郷里」は桜の咲いた秋田と想像されます。

錆浮きし波止場事務所や江戸風鈴

 阪上智子さん(神戸市、60歳)の作。地名ではありませんが「江戸風鈴」という具体的な風鈴の名を詠み込んだことで臨場感のある句となりました。「波止場事務所」とある建物はあちこちに錆(さび)が浮くほど古びている。しかし現役のオフィスとして使われていて、江戸風鈴が鳴っている。港の情緒が感じられる作品です。