同じ題材で多く作る
今回も「選」について検討します。次の四句は岡田耿陽(こうよう)=1897~1985年=の作。「ホトトギス」昭和5(1930)年3月号の高浜虚子選の入選句です。○の句は後年に虚子がさらに厳選した『雑詠選集』採録句。○が特選、無印が佳作に該当します。
○高浪の裏に表に千鳥かな…(1)
○庭を掃く千鳥のあとのこゝかしこ…(2)
波来れば波の上とぶ千鳥かな…(3)
濤音の中に千鳥の声すなり…(4)
選者が(3)(4)より高く評価した(1)(2)は、どこがどうすぐれているのでしょうか。(1)は、高浪の向うにもこちらにも千鳥が飛んでいる。「裏に表に」に描写の工夫があります。(2)は、庭を掃いていたら、あちこちに千鳥の足跡が残っていた。海に面した砂地の庭でしょうか。いろいろと情景が想像できる句です。
いっぽう無印の(3)は、波が来たら、千鳥が飛び立って波の上を飛ぶのですが、「高浪の裏に表に」のような面白さはありません。(4)は波音と千鳥の声の取り合わせです。もともと千鳥は海辺にいる鳥ですから、波の音が聞えるのは当たり前。選者としては、(1)(2)があまりにも素晴らしいので、(3)(4)も含めて四句入選させたのかもしれません。四句の入選は、当時の「ホトトギス」では名誉なことでした。
さて、今回も同じ題材で複数の句を詠んだ投稿を見てみましょう。
力まずに表現する
長靴の底もすり減り春浅し …(1)
岩海苔を頬張り美味し春浅し …(2)
風運ぶ波の賑わい春浅し …(3)
龍神の献水減りし春浅し …(4)
太田穣さん(男鹿市、56歳)の作。(1)と(4)は底の減った長靴や、水嵩(かさ)の減った献水に浅い春の感じを見出しました。私が選者ならそのまま採用します。(3)も魅力的な景色ですが、「運ぶ」「賑わい」とまで言わなくても、「風」「波」「春浅し」だけで十分です。一例ですが「春浅し男鹿の岬の風と波」というような句が出来そうです。(2)の岩海苔(のり)と「春浅し」も良い材料です。「美味し」は省略出来そうです。「頬張る」はもっと力を抜きたいところ。添削では、岩海苔をしみじみと味わっている心持で、ゆったりとした詠み方を試みました。
岩海苔を噛みながら春浅きかな …(2)
リフレインを生かす
紅梅の重き紅さの咲きほこり …(1)
紅梅や幹枝枝の紅き色 …(2)
紅梅や枝先までへ張る歓喜 …(3)
吉野宥光さん(埼玉県川越市、70歳)の作。紅梅をいろいろな角度から詠みました。この中では(2)の「幹枝枝」の具体的な描写が良いと思います。幹や枝に花が咲き連なり、木全体が赤い。「色」という字を省略し、「紅く」をリフレインで使ってみましょう。
紅梅や枝々紅く幹紅く …(2)
参考までに、高浜虚子に「紅梅の紅の通へる幹ならん」という句があります。
(1)の「重き紅さ」は花の色が濃くて重たい感じがしたのでしょう。ごく普通の言い方で書くなら以下のようになります。
紅梅や重たきまでに色の濃く …(1)
(3)は枝の先までびっしりと花が咲いているさまを「歓喜」と感じました。「歓喜」という言葉が強過ぎるように感じられます。もっと力の抜けた表現を試みます。
紅梅や咲きつらなりて枝の先 …(3)
参考までに、高野素十に「探梅や枝のさきなる梅の花」という句があります。「探梅」は冬の季語。冬の日に早咲きの梅を探していたら、枝の先に少し咲いていたのです。
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