「と」は並列と引用と
旅人と我名よばれん初しぐれ 芭蕉
初時雨の降る中を旅に出る私。これからは旅人と呼ばれようではないか。
行春を近江の人とをしみける 芭蕉
古人がその風光を愛(め)でた琵琶湖のある近江の国。その近江の国の人とともに、過ぎ行く春を惜しむことだ。
両の手に桃とさくらや草の餅 芭蕉
草餅を食べながら、両手に花のように桃の花と桜の花を眺める。其角(きかく)、嵐雪(らんせつ)という我が門人も桃と桜のように頼もしい。
名月の花かと見えて棉畠 芭蕉
名月のもと、「花ではないか」と見えるほどに畑の棉の実が白い。なお、この句の「名月の」は「花」ではなく、「花かと見えて棉畠」全体にかかります。「名月や」とほぼ同じ意味で、俳句独特の「の」の使い方です。
さて、今回は助詞の「と」に着目します。芭蕉の句に見られるように、「と」にはいろいろな使い方があります。俳句の「と」は散文の「と」と同じです。『罪と罰』のように二つ以上のものを並べるときや、「死ぬかと思った」のように思ったことや言ったことを引用するときなどに用います。以下、「と」を用いた投稿句を見ていきます。
「と」の働きを意識する
蜻蛉と愛宕の雲を眺め居り
愛華沙羅さん(京都市、65歳)の作。三通りの読みが可能です。(1)作者がトンボを眺め、雲を眺めている。(2)作者が雲を眺め、トンボも雲を眺めている。(3)トンボが雲を眺め、愛宕山も雲を眺めている。トンボや山が雲を眺める(2)(3)は意味の上で不自然です。(1)が素直な解釈です。「蜻蛉と愛宕の雲」の「と」は、芭蕉の「桃とさくら」と同じ用法です。近景の蜻蛉と遠景の雲とで秋空の奥行きを感じさせる作です。
悲しみも悔いも捨てよと雪を掻く
寿松木(すずき)美和子さん(横手市、57歳)の作。「悲しみも悔いも捨てよ」と自分で自分に言い聞かせながら雪を掻いている。つらい気持ちが「雪を掻く」に託されています。「と」の使い方は、芭蕉の「花かと見えて」と同じ。セリフや心の呟(つぶや)きを「~と」と引用するときの「と」です。
句またがりを解消する
一行の詩と化し白鷺の発ちて
楊若枳さん(中国、22歳)の作。白鷺の飛び立つ姿の美しさを「詩と化し」と詠みました。「詩と」の「と」は芭蕉の「旅人と」と同じ。「白鷺の発ちて」が句またがりです。句またがりではない形に直してみましょう。「白鷺の一行の詩と化して発つ」も考えられますが、次の形のほうが「発つ」という動きがはっきりします。
白鷺の発つ一行の詩と化して
言葉の雰囲気を揃(そろ)える
柚子の香やキャンドルの灯と湯にプカリ
いづる葉さん(徳島県吉野川市、74歳)の作。香りのよい柚子が、バスキャンドルといっしょに冬至の柚子風呂にプカリと浮いている。「キャンドルの灯と」の「と」は、芭蕉の「近江の人と」と同じ。
面白い句ですが、「柚子の香や」という典雅な上五と、「湯にプカリ」という滑稽(こっけい)な下五とが合っていない感じがします。まずは典雅な感じに統一するように直してみましょう。「灯」は「火」と書いたほうが炎が見える感じがします。
キャンドルの火を浮かべたる柚子湯かな
次に、「プカリ」を生かし、滑稽な感じに揃えるように直してみましょう。
キャンドルも柚子もプカリと柚子湯かな
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