想像をかき立てる極意
高浜虚子に「馬の尾の静(しずか)に動く栗の花」という句があります。栗の花の咲く夏のはじめ、馬が静かに尻尾を揺らしている。この句は俳誌「ホトトギス」の1932(昭和7)年8月号に発表されました。その10カ月前、31(昭和6)年10月号には「馬の尾の静(しずか)に遊ぶ栗の花」という形で発表しています。最初は、馬の尾が遊ぶ、と詠んだのですが、推敲(すいこう)の結果、馬の尾が動く、と改めたのです。
馬が尾を振っているのを見ると、何だか遊んでいるように見える。それを「遊ぶ」と見たのは作者の主観です。それをもっと客観的な言い方にしたのが「動く」です。
「馬の尾の静に動く」という措辞を読んだ読者は、馬が尻尾を動かしている様子を想像します。遊んでいるような動きであることは、作者がわざわざ「遊ぶ」と言わなくても、読者が自然に想像してくれるのです。逆に、作者が「遊ぶ」と書いてしまうと、読者は作者の主観を押しつけられたままで、読者自身の想像を楽しむ余地がなくなります。
読者が想像を楽しめるように、極力客観的な表現をする。それが俳句の極意です。こんなことを考えながら、投稿を見ていきます。
客観的な表現に直す
彼岸花稲穂に代わり天めざす
小西遊子さん(大阪府、63歳)の作。稲田のほとり、あるいは畔(あぜ)に曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲いているのでしょう。稲穂は垂れている。そのいっぽうで曼珠沙華はまっすぐ天へ伸びている。そんな情景がよくわかります。
この句をより客観的な表現に直してみましょう。彼岸花と稲穂を対照させるならば「稲の穂は垂れ彼岸花まっすぐに」とでも書くのでしょうけれど、そもそも曼珠沙華はまっすぐな茎に咲くもの。いちいち「まっすぐ」と言わなくても読者は曼珠沙華の咲く様子を想像してくれます。稲穂に関しては、出はじめの穂は垂れていませんから、この句では垂れているという言葉はあったほうが良さそうです。
彼岸花稲穂垂れたるほとりかな
とすれば、稲穂と彼岸花が対照的な様子で並んでいる情景は十分に伝わると思います。
縁側のすみに蜉蝣ひとやすみ
坂口いちおさん(群馬県、69歳)の作。ふと見ると縁側のすみの方にカゲロウがとまっている。それを「ひとやすみ」と見たのです。これをより客観的な表現に直してみましょう。「縁側のすみに蜉蝣とまりをり」ではあまりにも素っ気ない。ひっそりととまっているカゲロウが翅(はね)を閉じているさまを詠んではいかがでしょうか。
縁側のすみに蜉蝣翅を閉じ
重要な事柄に絞る
お向かいの美邸の木々の上の満月
夕暮れの美邸の木々の上の満月
伊藤和子さん(由利本荘市、68歳)の作。上五を変えた二句の投稿です。美邸とは立派な邸宅のこと。その庭の木々の上に満月が上っている。「美邸」という硬い言葉と字余りを直したいところ。「美邸」は「お屋敷」にしましょう。「お向かい」と「夕暮れ」は省略します。この句で重要なのは、立派な邸宅の庭木が茂っている様子と、その上に見える満月の見事さです。お向かいかお隣か、夕暮れか夜更けかは読者にとってさほど重要ではありません。重要な事柄に絞ることで字余りを解消します。
お屋敷の木立の上の望の月
あるいは
お屋敷の木立の上の月まどか
でもよいでしょう。
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