[第14回]

山田憲三郎・大衆文化を支えた男(5)詩歌同人誌「詩星」

(2018年3月24日 掲載)

同級生・永之介も寄稿

 山田憲三郎が秋田市柳町(現・大町4丁目)に生を受けたのは1903(明治36)年。翌年、父の喜三郎は日露戦争に従軍し05年に戦地で亡くなっている。祖父・熊蔵も日清戦争で戦死しており、憲三郎は幼くして、山田たばこ店の跡取りの一人息子として母親の手で育てられた。

 憲三郎は秋田魁新報に69(昭和44)年8月1日から16回にわたって「たばこ随筆・秋田昔ものがたり」を連載している。その中に、わずかだが幼少期の思い出をつづっている。

 〈母は水オケをかついで旭川を往復した。川反四丁目の亀清のわきの小路を降りて行っては、水をくんだ。母の後ろを、ちょこちょことついていく私の子供の時代がなつかしく目に映ってくる〉