バスケに明け暮れて

(2014年8月12日 付)
バスケットボール人生を振り返る=会長を務める秋田ゼロックスで

 旧制中学2年の春でした。学校で何げなくバスケットボール部の練習を眺めていたら、「おい、ちょっとやってみろ」と声を掛けられたんです。見よう見まねでフリースローをしたら、一発で入りました。「おまえ、やるじゃないか。部に入れ」と強く勧められました。

 これがバスケットを始めるきっかけです。敗戦の翌年のことです。兵隊になって国のために尽くすという目標がなくなり、何をどうしていいのか分からない気分の日が続いていました。バスケットにでも熱中して、もやもやした気持ちを吹き飛ばそうとしたのかもしれません。

 バスケットシューズはなく、地下足袋を履いて練習していたころです。結局、それ以来、バスケットと生涯付き合うことになりました。

 もう一つの大事な出会いは、自動車販売の「秋田いすゞ自動車」に入社し、辻兵吉さん(平成20年、82歳で死去)に巡り会えたことです。

 入社して間もなく、社員の親睦を図るためバスケット部をつくろうと、当時社長だった辻さんが言い出しました。辻さんは東京商科大(現一橋大)でバスケットをやってきていて、そういう発想になったようです。

 社内でバスケットの経験者は辻さんと私ぐらい。20代半ばの平社員ながら、部をつくる時に「頼むよ」と声が掛かりました。辻さんとは社長と社員というほかに、バスケットを通じて関係を深め、後に経営陣に加えてもらうことになります。

 私にとってスポーツと会社経営は車の両輪です。スポーツで育てた人材は社員としても戦力になり、会社の業績を上向かせます。会社経営で学んだことは、バスケット部やバスケットボール協会、体育協会の管理・運営に役立ちました。