土地の記憶、歌い継ぐ

(2016年3月7日 付)
民謡には土地の記憶が刻まれている。その記憶を継いでいくのが民謡家の仕事だと思っている=平成20年

 最初に聞いた民謡は父長兵衛の唄だ。酒が入って上機嫌になると、決まって歌いだすんだ。「本荘追分」は物心がついたころには覚えていた。誰に教わったわけでもないのに、一丁前にこぶしを回したりしてね。

 後に民謡日本一になる二つ上の次兄、常雄からは刺激を受けた。兄への対抗心から東京で民謡家として身を立てようとしたこともあった。いま思うと「常雄の弟」だったからこそ、いろんな人が目をかけてくれたんだ。家庭環境が有形無形の力になったのは間違いない。

 民謡には土地の記憶が刻み込まれている。作業唄がそうだ。馬方、木挽(こび)き、荷方なんていう仕事、知っている人はほとんどいなくなったけど、唄はしっかり残っている。歌ってみると分かるが、唄が底抜けに明るいのは、きっと仕事のつらさを紛らわし、明日への活力にしようとしたからなんだな。

 唄が残っているというのは、有名無名の多くの先人が、きちんと歌い継いでくれたからだ。古里の原風景を想像できたり、昔の人たちの営みを追体験できたりするのも、そのおかげだ。

 唄に込めた思いを丸ごと歌い継ぐのが民謡家の仕事だと思う。ただうまいだけだったら、本当のプロとはいえない。

 食っていくためにこの世界に飛び込み、歌手として、三味線奏者として58年が過ぎた。30代のころからは後進の指導と民謡の普及にも力を注いできた。プロとして民謡に真摯(しんし)に向き合ってきたつもりだ。

 去年はうれしいことが続いた。日本民謡協会の民謡名人位受章と、文化庁の地域文化功労者表彰だ。枯れ木に花は咲かないが、受章を機に芽ぐらいは吹き返したいと思っている。