いつかは自分の家を

(2016年4月4日 付)
若い踊り手たちの育成も活動の柱だった。舞台に早くから立たせ、度胸をつけさせた

 「五星会」人気は大変なもので、行く先々で黒山の人だかりだった。舞台は毎日のようにあったし、お祭りシーズンになると会場の掛け持ちは当たり前だった。何しろ娯楽の少ない時代だからね。